編集人:新井高子書評


渾身の夕暮れ―唐十郎戯曲『夕坂童子』書評

 

(唐十郎『夕坂童子』岩波書店、2008年)

 

新井高子


唐十郎の戯曲『夕坂童子』

「そこで鶯など鳴いてはいない」という文末否定で始まる、唐十郎の戯曲『夕坂童子』は、朝顔市で名高い、東京下町・鶯谷の長い坂とその坂下を舞台にしている。実際の劇空間にも、下手へいくほど高くなる坂が設えられている。では、鳴いているのは何かというと、「笛」。夕方、笛の音を響かせる少年の幻を追いつづける男、奥山六郎を主人公にした一種の夕暮れ論だと、この戯曲をひとまず評してもいいのだが、もちろん、これは単純なノスタルジーではない。唐十郎は、谷という「坂」のある地形を、おそらく「逆(さか)」とも捉えてか、朝と夕、此岸と彼岸、あなたとわたしが交差し交錯する、目まぐるしい狭間の土地に仕立て上げているのだから……。そして、朝の化身として朝顔、夕べの化身として夕顔という、ラッパ形の花びらを同じく持っていながらも開く時間の異なる二種を、それぞれが咲く「時間の主(ぬし)」として、つまり花を媒介に、時そのものを「物」化して、劇中に取り込んでもいる。唐の戯曲はつねに複々線構造・迷宮構造なのだから、一つの視点だけで芝居全体を語り得るつもりなってはいけないが、もし、そんな取り込まれた「花」の立場になって、この劇を眺めるならば、「夕暮れ=夕顔」とは、朝顔が花開く前の、蔓や蕾という長いトンネルの中で見た「夢」である。この戯曲は、閉じた花弁の中で映じられている、鴬谷の朝顔の「夢劇」とも言えるだろうと私は思う。

 一幕冒頭、奥山の自問自答の中に「あなたには花かヒトかがわからなくなっている」という台詞があるが、単なる人間と割り切るには、登場人物たちはあまりにピュアだ。谷、丘、奥山…というように、ほとんどが地形、地名に由来した姓を持つ人物たちは、ヒトであると同時に、幾ばくかは土地の精霊じみている。ギリシア古典劇が「かくも人間的な神々」を描いているとしたら、唐は、演劇における具象性の追求という持前の矛を手放さないまま、花の中の夢として、「かくも神々めいた人間たち」を、逆手に取って仕立てているようでもある。そして、朝と夕という時間は、花だけでなく、朝子、夕子という二人の女によっても体現される。谷朝子は、駅前のパーマ屋に勤める若い女として登場するが、おそらくこの朝顔の谷に住みついた花の精でもあり、蔓を左に巻きながら、つまり時計と逆行しながら、彼女が遡って見ている夢だと、この芝居をとらえることができそうである。劇中、「わたし、います」という印象的な台詞を二度繰りかえす朝子は、実際には幕間に下がっているときでも、ずっとこの坂と坂下を見つめ、存在しつづけている役まわりだ。一方、蜂蜜屋に勤める女、風間夕子は、夕顔の蜜に惹かれて、風の隙き間を縫ってやって来た蜂の精のようである。二幕の後半で、二人はともに坂の中腹に立ち、朝子が摘んできた夕顔を夕子に手渡すシーンがあるのだが、時の化身でもあり、花と蜂の化身でもある二人の美女が、夕方が凝縮した花一輪をめぐって、切なく崩折れていく有様は、劇中、白眉の場面の一つである。公演初日に合わせて刊行されたこの戯曲本には、唐自身が「小ノート」と呼ぶ自筆取材ノートが収録されているのだが、それをつぶさに読むと、主人公・奥山六郎はオオカミを分身に持っている。二幕で、羽付き黒マントを翻して登場する、そのカタキ役・丘公助はカラス……。つまり、劇空間を真っ直ぐに見ると、いろいろな世俗的な仕事に付いている下町の人間劇なのだが、ちょっとプリズムを変化させて薄目づかいで見直すなら、アニミズム的な新しい神話劇でもあるような不思議さである。劇中、坂の真ん中で空色の上着を羽織った谷朝子が、オレンジ色のビー玉を摘まんで立つ色鮮やかな場面があるが、どうやら、唐は、夕暮れ時の鶯谷を一つのガラス玉に閉じこめて、水色の朝顔の花芯に置き、陽光と自らの眼光でプリズムを変えながら、この芝居を書き下ろしたのではないか、と妄想したくなる。「時」と「物」と「人」と「神」がそれぞれ錯綜しながら、舞台上では、もうじきやって来る夕暮れが、刻一刻と待たれている。

 物語の筋は、このようである。鶯谷駅近くの坂下では、町に客を呼び込むため、入谷婦人会主催の「夕陽にかざす手袋展」が企画され、それぞれどんな手袋をかざすか張り合っている。入谷の御婦人勢はちりめんや羅紗の手袋と順当なのだが、奇抜なものも多い。朝子の兄で提灯屋の谷影三郎は鑞の手袋、汲み取り屋・骨董屋・焼鳥屋と多角経営の丘公助は、夕子にはめさせる予定の下水ざらい用ゴム手袋、自分には練炭の手袋を用意する。夕子の上司・蜂谷は考え抜いたすえの凡庸で軍手を選ぶ。そんな町に、浅草・花やしきのお化け屋敷で働いている奥山六郎(「奥山」とは、浅草・歓楽街の旧名である)が降り立つ。ラッパ形の花を偏愛しその花のミイラを持ち歩く彼は、朝顔のような朝子と出会って恋仲になっていく気配なのだが、丘公助の命令で坂上のあばら墓から夕子がとってきた夕顔の蕾を、無惨にも散らしてしまったこと等から、夕子とも関わりを持っていく……。ここで、夕顔は、単なる花ではなくて、夕陽を呼び込むことのできる貴重な「夕方の主」「夕方の呼び笛」として扱われているから、散らしてしまった花の弁償ができないなら、代りの花が見つからないなら、鶯谷は夕陽に無視される価値しかないと、丘公助は力説する。つまり、「朝」と「夕」を具現する、「人」と「物」の間を、奥山が行ったり来たりするうちに、この谷間に、まさしく咲かせるべき夕顔が、人々に待たれていく。レコード会社・ビクターがかつて標章にしていた、犬の置物をオンブする情夜涙子は、トリックスター的に彼の道行きを導いていく(どうやら情夜は、オオカミ(奥山)とビクター犬、つまり犬科の動物と縁があるらしい……)。そうして、いよいよ夕暮れ「時」が直前まで迫ったとき、奥山は、実は、坂の上で夕笛を吹く子どもの幻を追い掛けて、つまり笛吹童子、夕暮童子を見つけるために、この谷へ来たことを明らかにする。夕暮童子は、その姿を直視するものを幻の世界に引きずり込んで、幻の中の住人、つまり死に体にしてしまう異様な魅力を持っているのだが、それは畢竟「夕焼け」そのものの魔的本質とも言える。夕暮れには、此岸から彼岸へ人間を運び込んでしまう、どうしょうもない力がある。情夜は奥山に助言する、「だったら死なん術はそれしかない。なっちまうことしか」と。そこで、奥山は、訪れる日没とともに、自らが夕暮童子になるという決断をする。
 奥山が夕暮童子になる、つまり「人間が夕焼けになる」、その瞬間がこの芝居のハイライトである。この瞬間のために、すべての「物」と「人」が道具立てされてきたと言ってもいい。奥山は、情夜が連れてきたビクターの犬に話しかける、「すまん、ビクター、きみの連れを「あんた」とまで言ってしまい……。いいだろうかビクター、ちょうど、そこに水がある。そこで、あんたの連れを洗ってあげるの」と。そして、携えていたスーツケースの中から蓄音機(かつてそれは、ビクター犬とセットになってレコード店の店先に置かれていた)を取り出し、そのスピーカー、つまりラッパ部分、まさしく「夕顔」の形をした真鍮の巨大な花を取り外す。「笛は鳴らせない、この冴えない男の息しか……。が、夕顔、おれはきみの夕陽を放つ、硬く冷たい花弁が好きだ。……行くよ、おれの水中夕顔」と、金属の花の根もとをくわえ、花芯から泡の笛を吹き上げながら、奥山は、水(水槽)の底へ沈んでいく。そのとき、ギンッと絶好の夕陽が差し込むが、人々の手袋は、もはや西の方角にはかざされない。手袋をはめた無数の手たちは、夕暮童子に憑かれた奥山六郎の「渾身の夕焼け」に向かい、眩しそうにかざされるのだ。

 「人間が夕焼けになる」ことを、どう考えたらいいだろうか。思いも寄らぬことがいとも鮮やかに出現した劇的瞬間、真鍮の花びらは、テントの照明を集めて発光し、胸を締め付けられた観客たちは、自らもまた眼前に手をかざしたくなってしまう……。ベケットのゴトーが待てども待てども到来しないものであるのに対して、この戯曲は、待って待って待つことを心底溜めこんだなら、自分がなるんだ!と反駁しているようにも見える。卓袱台を引っくり返す痛快さがある。
 そして一方、演劇のみならず、現在、流通する芸術全般と比べた場合、「人間が夕焼けになる」ことが、これほどの軋轢と重力を持って描かれていることに私は呆然とする。戯曲だけではなく、詩でも小説でも美術でも、ヒトがあり得ないものになることは、今、ごくカンタンに処理されている。ヒトが猫やバナナになる、石コロでも観覧車でもコンドームでも、たとえ神や夕陽であろうと、変身はクリック一押し程度の記号的カンタンさなのだ。それによって読者や観客を強力に引き込むことは難しく、よって、その安易さをうすら笑って確認し合うこと、あるいは、変身を積み重ねてもけっきょく何も変わらない虚無をかすかに叙情すること、あるいは、世界に対して変わってほしいことをカンタンには伝わりにくい言葉でスレスレに希望すること……、そのあたりに、いかにも今日的な、写実的リアルはあるような気がする。
 それらはたぶん「反映の芸術」と言っていいだろう。その価値は、時代がよく「映されている」ことによって保証されている。そういう意味で、今、量産されているほとんどの芸術は、先端的と評されるものも含めて、その光源である時代状況から、光の到達距離分、少なくとも遅れをとらざるを得ない。
 唐十郎は、その「反映」を拒否したがっているようである。時代という太陽に「映される」のではなく、自ら光源になって「映す」、新たな状況をつくっていく、仕掛けていくことを主張したがっている。劇中、丘公助が経営する骨董店の女中、暮子(グレコ)が、「〈実存主義〉はどこいったのかしら」と呟く場面があるが、自ら状況を変えていく「ベクトル/光」を孕んだ存在として、唐は人間を貫き通そうとしている。それは、ある意味、「神」がかった「人」とも言える。私が観劇をするようになったのは、ここ数年のことなのだが、面白いと感じた演劇、その年の傑作として後で賞をもらう演劇を見た後でも、ホールを出ると、実は芝居のオーラはすっと消えてしまうことが多い。ところが、紅テントでは、わけのわからない湧き上がりを抱え込む。それは感情的な意味での感動とちょっと違うが、ともかく居ても立ってもいられない「騒ぎ」が身体に残り、真っすぐ家へ帰れない。帰ってもすぐには寝付けない。それは、こんな実存主義の光源のせいだろうと思う。

 が、唐は、六十年代、七十年代の戯曲と同じ方法を用いているのではない。今日的な手法を編み出した上で描いている。その一つが、「物語」より「物」そのものの力を増大させること。特に『夕坂童子』は、これまで以上にこの手法が徹底されている。ここには、強烈な恋愛も壮絶な死も、経済格差や政治的志向差ゆえの戦いや復讐もない。効率偏重社会や空洞化した家族の中の陰惨な孤独もない。メインストーリーは、「夕陽にかざす手袋展」が企画され、変わった形で実施された、というに過ぎない。だが、それを少しでも膨らまして書こうとすると、前述したあらすじのように、出現する「物」たちが、あまりに多重に意味を持ち、またその意味じたい次々と転化していくため、劇曲はかなり複雑化する。ここでは、「朝顔」も「夕顔」も「ビクター犬」も「鑞の手袋」も、実に多面体の役割を担っていて、とても一言で言い表せない。実際に劇空間に置かれた時には、オブジェとしての深みもある。つまり、唐は、まず「物」によって迷宮を造り、その上で、登場する「人」たちを、それに偏執させるのだ。「物」の力を信じ込ませ、その力が「人」に伝染するまで執着を徹底させること、それによって、人間に存在の多重さ、重さを背負い込ませていく。「物語」、すなわちストーリーの力よりも、「物」自体が誘発する、目くるめくシンボルの力によって、即物的に「人」は存在感を増し、まさしく「人/物」になっていく。テント公演では、周囲の騒音や雨風も、「人」が背負うべき「物」になる。そうして、状況を跳ね返し、覆えす底力を持った「人物」を造形していく。人間存在がますます希薄になっていく社会状況の中で、それを踏まえつつ、抵抗し、「人」に強靭な力を背負わせようとする唐が編み出した、稀有な戯作法と言える。奥山六郎が水に沈む瞬間、観客が何とも言いがたいほど胸を締め付けられてしまうのは、その時までにこの男が身に付けた「物」の量感と、その身から吹き出した汗ゆえだろう。

 さらに、「代役」ということにも注目したい。奥山は、何かの代りをいつもやりたがっている。彼の口癖は、「代ります、ぼく代ります」。この男はそう言って、たいていは途中で頓挫するのだが、朝子の代役、焼鳥屋の尻肉の代役、墓地から夕顔を摘んでくる代役……を引き受けようとする。そして、夕暮童子の代役だけはついに成し遂げるわけだ。誰かに会う度、挨拶がわりにこう口にしているのだが、つまり、これが彼の「挨拶」と言っていいのかもしれないな、と私は想像する。
 思えば、世界中のどこでも、挨拶とは同じ言葉の繰り返しである。「こんにちは」と言えば「こんにちは」、「Bonjour」なら「Bonjour」……、それはいつもオウム返しだ。つまり、出会った瞬間、私たちは相手のオウムになり、また相手をオウムにさせる。携帯メールで挨拶が交わされるようになった今日でさえ、「おはよう」と打てば「おはよう」と返信される。その瞬間、「わたし」と「あなた」が同じ言葉を発するということは、すなわち、両者は存在を重ね合うということではないか。演劇的に言えば、それぞれが代役をすると言っていいだろう。出会い、挨拶するということには、本来、演劇的な「代役」の意味がいくらか含まれているのだろうと私は思う。この戯曲が、「物」と「物」、「人」と「人」、「物」と「人」との関わりをかくも複雑に、巧妙に結び付けられているのは、偏執という内に籠もる力だけではなくて、「挨拶/代役」という外に開く力をも絶妙に働かせているからだろうと思う。その力は、増幅しながら、奥山の終盤の「変身」を導いていく。奥山の渾身の「水中夕顔」に対して、人々が無数の手袋をかざす瞬間を、唐は、「白い手袋、革手袋、日本手拭い、生の手、めくり白シャツ、……絹糸一本たちが、この陽と水の夕顔に挨拶してる」とト書きで描写している。唐は、挨拶の本質的な力、原初的な力を演劇の中に引きずり込もうとしているのではないか。
 そして、それらが、鶯谷のうらぶれた坂と坂下という小さな空間、もしも薄目で幻視するならば、朝顔の花の中の夢芝居とも見えてくる極小の劇空間で行われていることは、「物」と「人」を凝縮し、その狂気じみた偏執と挨拶の結び付きをより濃厚に、切迫させているだろう。そこはかとなく、サブリミナル的に、夢劇、神話劇を醸すという微妙な筆づかいを特筆するべきだ。いや、花の夢かも……という見方は、実は、戯曲にはっきり書かれているわけではないのだ。劇中歌や台詞の端ッコに、「何だろう?」と思う言葉がきれぎれにあって、匂いのように仄めいているそんな言葉を、自分で勝手に繋ぎ合わせて思い込んでいるだけなのだ。だから、そんな感受は私の妄想と言ったほうがいいのかもしれない。だが、この芝居に何度も足を運び、戯曲と取材ノートを読み返し、言葉の匂いをじりじりとたどって結び合わせていくうち、いつのまにか「そうだ」と確信している。勝手な思い込みかもしれないのに、戯曲の新しい次元を発見したと気負っている。妄想が現実に襲いかかって、状況を変えていく過程を、言わば、私自身が体験し始めているのかもしれない……。そんな読者/観客を、唐十郎が見透かして、作・演出しているのだとしたら、何とも畏ろしいことだ。そんな妄想の嗅ぎ付け方が癖となって、私の普段の生活にも染み込まないとは限らない……。

 主人公・奥山六郎が一幕の冒頭と二幕の締めくくりに歌う不思議な劇中歌を引用して結びとしたい。これは、ラッパ形、つまり「笛」でもある「花」を偏愛するあまり、その中に入り込んで、花が見ている夢のトンネルを彷徨いつづける、笛吹き志願男の狂気の歌だと、私には思えてならないから……。唐組役者陣の類い稀れな集中力が、そんな妄想にますます拍車を掛けたのは言うまでもない。

〽時(刻)の針に逆らいながら
いつも左に巻いていく
その蔓は
おれの櫂
だけど
おれにも分らない
長い眠りの
闇の奥
『それで咲くのは一刻なんて!』
その長い長いトンネルで
いったい、どんな夢を見ていたのか……が〽

(詩誌『ミて』103号初出改稿)

*2008年唐組・春公演『夕坂童子』(4/25-6/15)
作・演出:唐十郎
主な配役:奥山六郎(稲荷卓央)、谷朝子(藤井由紀)、谷影三郎(鳥山昌克)、風間夕子(赤松由美)、蜂谷(久保井研)、丘公助(丸山厚人)、暮子(辻孝彦)、情夜涙子(唐十郎)、ほか

* 2009年2月19日には、東京中野のplan-bで、写真家・首藤幹夫による幻燈上映と唐組主演俳優・稲荷卓央によるリーディングで構成されたイベント『朝顔男、夕坂童子 首藤幹夫幻燈写真劇場———唐十郎の世界へ』が催され、唐組公演『夕坂童子』へのオマージュが綴られた。

首藤幹夫のウェブサイト: URLhttp://web.me.com/shutomikio/metamorphotos/metamorphotos_top.html
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