編集人:新井高子書評


脳裏へ翔ける黒こうもり―唐十郎戯曲『黒手帳に頬紅を』書評

 

(唐十郎「黒手帳に頬紅を」『悲劇喜劇』2009年7月号掲載、早川書房)

 

新井高子


唐十郎「黒手帳に頬紅を」
『悲劇喜劇』2009年7月号

  私の実家では毎年のお盆に、提灯をぶら下げて近所のお寺へご先祖様を迎えにいき、遺影写真を並べた家の仏壇に招くのだが、ぼたもちなどの供物は、壇だけでなくその脇の畳の上にも、お裾分けのようにちょっぴりお供えする。それは、無縁様(むえんさま)へのごちそう。明かりを灯した私たちの提灯には、身寄りのない、迎え手のいないお化けもいっしょに付いてきているという心遣いだ。そんな方々のための小さなごちそうが不思議で、たかりに来た蝿のか細い手足の動きやしだいに乾いていく餡のひび割れを、幼ない私は這いつくばって見つめていたものだ。一体どんなことを思いめぐらしていたのだろうか。2009年唐組公演『黒手帳に頬紅を』に通よって、この芝居は、そんな「無縁様への心遣い」が、独立して激しく肥大したものかもしれないな、などと考えた。


公演チラシ

  この戯曲は、老いて落ちぶれ、東京下町・南千住で一人暮らしをしている元炭坑夫、かつては九州・池島の海底炭田で石炭を掘っていた波原が、ぼろアパートの隣室に住む青年、似顔絵師・泡之二郎に、自分の顔を描いてもらう場面からはじまる。病んだ波原の命はもう長くない。つまり、これはただの似顔絵ではなくて、最後の肖像、すなわち遺影を、二郎の筆に託したと言ってよいと思うが、お礼の金のない波原は、シャツの胸ポケットに大事にしまっていた手帳を、金のかわりに二郎に手渡す。それは、2001年の炭坑閉山の折りに支給された、失業保険うけ取りのための就労証明手帳だが、手当の配当は三年間なので、もらったところでもう金にはならない。が、そんな失効した手帳を、波原は「使えるところがどこかにある。そこではきっと通用する。お前の眼力なら、この手帳を握りしめるほどに、なにかポッカリ口開ける。そこをくぐれ、抜けていけ」と、不思議な使い道があるかのように強引に握らせる。そして、二郎は、これが効力を発揮するかもしれない坑(あな)、「妄想の斜坑」をさがす道行きをはじめる。
  波原の思い入れを二郎はひたすら信じようとし、こだわり続ける。それは亡き人に対する執着、という形のお弔いと言ってよいように私は感じた。いやじつは、故人との縁に果てしなくこだわり、亡者に近付いていく心の旅(その過程で、生まれ変わったかのような変化が当人に起こることもあるだろう…)こそ、弔いの原型のように気付かされてもいるのだが、家族でも長い知り合いでもない、言わば無縁様のような波原に対して、そんなふるまいをする二郎のような人間を、絵空事と決めつけるのは早急だろう。ある新聞のコラムで、2009年春に火災を起こした老人ホーム「たまゆら」で焼死した、身寄りのない老人たちのために、NPOなどを介して集まった有志たちが四十九日の法要を催した、という記事が紹介されていた。焼死者と彼らは、もちろん遠縁でも何でもない。家族、地域、人間関係そのものが希薄になっている昨今、だからこそ孤独な死者、奇妙な糸に、奇妙な情熱を傾ける人が出てきているようだ。経済格差、未婚化、少子化という世上の中で、「明日は我が身」という切実さで、そんな糸をたぐっている人だってあるにちがいない。この芝居は、いま起こり始めているそんな現実を素早くつかまえていると思う。いや、こんな世上に、そんな情熱がほとばしっていくのを唐十郎はけしかけている、そう考えるのが正しいか…。死者さえも使い捨てにしがちな、なりがちな今日の状況へ、唐は飛礫を投げているのだろう。が、ふと振り返れば、自分が幼いころ覗き込んでいた無縁様へのお供えにも、通じる感覚があるような気がして、寄る辺のない存在にかえって引き寄せられてしまう心の動きは、昔からあるのかもしれないな…、それを激しく呼び起こそうとしているのか、この戯曲は…とも思う。

  この作品も唐ならではの迷宮構造である。波原が二郎に渡した黒い手帳は、ともに炭坑で働いていた老人・貝坂の妄想をまといながら、二郎らの心の中で、黒羽の鳥、こうもりともなる。つまり、「黒手帳」は、一つの面では「失効した就労証明書」、もう一つの面では「黒こうもり」という二面性を持ち、それぞれが世俗世界と妄想世界を引き受ける。この両面を捻じり合わせて、劇作家のペン先は迷宮をこしらえたようだ。だが、二つの面ははっきり分かれているのではなく、行きつ戻りつ関係し合っている。この錯綜した筆づかい、すなわち論理的な区分けをジグザグにして、複雑な総体をデンと投げ出せる書き方こそ、この劇作家の無上の魅力の一つだが、芝居を見ていない読者に話のすじをお伝えしたく、便宜的にはなるが、ここでは「就労証明書」側をA面、「黒こうもり」側をB面とし、敢えて分けて書くことにする。
  A面のあらすじはこうである。波原は、二郎に手渡す前にも、たまった酒代のカタとして手帳を使ったことがあった。期限の切れたものが現金代わりに巷で使われたことを問題視した入谷署や商店街幹部は、地域の老人介護支援者、暮谷禎三を通じて、炭坑の雇用保険整理部に手帳を返すよう二郎に求める。そして、それを受け入れない二郎たちともみ合いになる。
  一方、妄想世界、心の世界のB面では、手帳が効力を発揮する「坑」を探している二郎は、読書好きの少年、玄児に教わった夢野久作の小説『斜坑』の一節に霊感を受ける。そこには瀕死の坑夫(二郎は、波原と小説中の坑夫を重ねているのだろう)が、斜坑の中で見た幻、母か姉のようになつかしい、お作という名のお化けが登場し、二郎はぜひともお作の顔を描いてみたいと思う。つまりここで、彼の妄想の坑さがしは、幻のお作に出会うための旅(そこでは、母さがしも仄めいている…)という様相も帯びる。そして、(前述のように)貝坂の話に耳を傾けるうち、二郎の黒手帳は貝坂の妄想もまといはじめて、黒羽の鳥、すなわち斜坑へ導くこうもりと化していく。そしていつしか、そんなこうもりを育てる二郎の似顔絵店には、炭坑の入口のような巨大な穴がポッカリ空く。ここを出入りすることで、波原が働いていた池島・鏡ヶ池の海底斜坑、そして、そこに住んでいるはずの母の幻、お作に、二郎は肉薄していく。
  終幕、もみ合いの中で、黒手帳は二つに引き裂かれてしまい、裏表紙の方は禎三に持ち去られ、保険整理部に返却される。が、二郎の手許に残った表紙側の方は、少年・玄児の機転によって修理され、再生する。この裏・表の表紙はそれぞれ、物語のA面、B面と寄り添っていると考えていいだろう。つまり、表紙側が一冊の手帳として甦えることで、二郎が波原に近付こうとする旅、私の見方からすれば、心の生まれ変わりを導くお弔いの坑道は続く。
  この大きな二つの筋立ては、三ノ輪のおしるこ屋「デカダン」(店内に、二郎は似顔絵屋を間借りしている)を舞台にして取り交わされるのだが、一幕目では繁盛していたおしるこ屋が、二幕では借地していた土地を隣りのスーパーに買い上げられ、やむなく廃業させられてしまう。その女店員、庵(いおり)は、店の凋落の中で、二郎の「手帳=黒こうもり」に希望を見出すようになり、彼に加担する。黒こうもりを「黒羽坑助」と名付け、自分のブラジャーの中に手帳を挟み入れて、乳と乳の間で雛から若鳥へ育てていく母親役は、庵だ。芝居のチラシを見ると、「デカダン」という店名に「堕落派」というルビが付いているのだが、それはこの店が経済的な急落や妄想への落下点であることを暗示しているかと思う(劇中では、庵が特大の白玉団子をのせた餡みつを作り、「デカダン(=デカ団子)」とシャレているが…)。
  つまり、おしるこ屋の衰運も含めるならば、三重構造で芝居は進んでいくのだが、その上に、禎三の兄とその婚約者・姿屋君子のもつれ合い、自分の体を自分の似顔絵にする金粉ショーダンサー・田口の活躍なども折り重なって(じつは、彼らのセリフの中にこそ、この作品を読み解くための大事なヒントが散りばめられている…)、戯曲はいっそう微細に、錯綜した迷宮を成していく。ここで、なぜ迷宮なのかと問うならば、おそらくそれは文学的技法であることを越えて、文学的主張なのだろうと思う。世間で起こる何らかの出来事を作品化する場合、ほとんどの劇作家や小説家、詩人は、焦点を明確にするため、その他の事象を簡略化する。が、唐はそれを拒む。「巷」の中に没入し、そこから見つめる眼差しを持たなければ、縦横無尽に張りめぐらされる複雑な関係性を紡がなければ、文学は生きてこない、そういう主張ではないかと思う。彼の戯曲が跳躍力ある幻想性を持つと同時に、深みのあるリアリティをとらえ、観客の細かい心の襞にまで入り込んでくるのはそのためだろう。

  が、迷宮構造というだけなら、この作品の書き方にことさら新味があるわけではない。この戯曲は、2008年の読売新聞夕刊に連載された唐の小説『朝顔男』(中央公論新社刊)と内容がシンクロしている点では、2008年春公演『夕坂童子』(戯曲・岩波書店刊)と兄弟作と言ってよいが、書き方の質は、むしろ2006年春の公演『紙芝居の絵の町で』に近いと思う。が、『紙芝居の絵の町で』では、登場人物たちの想念が、「絵」つまりモノによって具現され、またセットの変わる二幕では「紙芝居の絵の中」のような異空間を、そのまま舞台化してもいた。つまり、観客の目に、想念や異空間が具体的に示されていた。が、本作では、妄想のほとんどは語り、すなわち言葉によって示されていく。特に、さきほど私がB面とした物語の中にある、二郎の思考の道行きは、動作などによって具象的に示されることがほとんどない。彼の心に没後もひそんでいる波原、母の幻であるようなお作も、言葉で語られるだけで、例えばお化け役を俳優が演じるなどして、舞台上に登場することはない(二郎らが、お作の真似をしてみる場面はあるが…)。つまり、二郎が心に描いているはずの妄想の斜坑は、セットによって入口が仄めかされるだけで、舞台上には「ない」のである。劇の物語には、広い妄想空間をひねり入れているにも関わらず、舞台上にあるのは世俗空間だけなのだ。
  では、この戯曲がそれをどこに作ろうとしたのかと問えば、おそらく、観客の「頭の中」。二郎の脳裏にある斜坑はセリフによって示され、その一言、一言に、耳を澄ませる観客の頭の中に、同じように斜めの坑を掘り込ませる、そういう企らみではないか、と私は思う。あたかも「斜坑」は「写坑」でもあるかのように。これまでも唐の芝居は観客の思考を巻き込み、攪乱することに特徴があったわけだが、そんな筆力を逆に利用して、客の脳裏じたいを芝居の第三次空間に仕立てようというわけだ…。この戯曲は、一種の「脳内劇」を挑発したがっているのではないか。戯曲には、お作が斜坑で演じているはずの「坑内劇」(実際、そう名付けられている)の様子を、二郎らがあれこれ想い描く場面がある。セリフに耳かたむけるうち、そんな炭坑内の濡れた幻想空間が、私の脳裏にもおぼろ写されてきたのであった。
  それは一見、不親切な芝居である。日常生活の中で具体的な姿を見せない神や死者の霊、それらが住まう異空間などを、劇という空間では、俳優が演じることで、観客の目前に明らかに示すことができるはずだ。この点こそ、演劇の大きな特徴の一つであり、利点でもあるはずなのに…。この戯曲は、それを容易に観客に見せようとしない。飛躍や省略のある行間の深いセリフ、その一つ一つに集中して耳を尖らせることで、目蓋の奥にようやく掘り込まれる、おぼろな「坑」として、異空間を設定している。「あれぇ、明日のパン、買ってあったっけ?」とか、舞台とは別の方向に思いがさまようと、ようやく浮かんだ坑も薄れてしまう…。役者と観客の集中力が呼び合う線に、まさしく賭けている戯曲だと私は感じた。

  ここで、セリフを走らせ、妄想の穴を掘り込むこの作品の、レトリックを考えてみたい。一言で言えば、ある状況の中のある実体を見て、ある比喩がひらめいたなら、その言葉はもう比喩ではなく、一歩進んだ状況の中のべつの実体に切り替わる、という方法である。例えば、町なかに佇む一人の美女を思い浮かべて「バラのようだ」と感じたら、次の思考の段階は花園になっている。町なかの美女に戻ることなく、一つの実体としてバラが一人歩きをはじめる。このようなレトリックが、妄想の穴を掘るツルハシになっている。黒手帳を「こうもりのようだ」と見てとったら、それは黒こうもりになっていく。銅山で働く全裸の女坑夫を、「お作のよう」と感じたら、お作になっていく。小さな水槽に対して「鏡ヶ池かもしれない…」とひらめいたら、そこはもう池島の湾口、通称・鏡ヶ池まで飛んでいる。このような目くるめく論法が随所に散りばめられている。戯曲だけを読んでいると、レトリックの飛躍をやや強引に感じ、もう少し言葉が足されてよいような気もするのだが、練り上げられた唐組の舞台を見ると、役者陣の気迫のこもった語り声、そんな声を生み出すことのできる肉体の力によって、突破されてしまう。
  主人公・二郎のなりわいは似顔絵師。思えば、似せ絵とは、絵そのものが対象人物の「比喩」であろう。喩えて描いたものなのだから。だから、二郎の仕事は「喩え屋さん」と言ってもいいのかもしれない。実際、彼は喩をつないで、妄想の坑を掘っていくが、そもそもそれは、彼の職業的身振りのうちであるわけだ。また、この芝居には鏡や水鏡も頻出する。そんな写す道具もツルハシになっている。私は言葉に興味があるので、比喩という切り口で考えてしまったが、「写す/写される」という関係論でこの戯曲をとらえてもいいのだろう。比喩というのは、ある言葉を、例えばこれまでの言語体験などの鏡にあてて、べつの言葉に写しかえる営みなのだから。似せ絵でも鏡でも比喩でも、実体が写された瞬間、それは絵や鏡や言葉の内側へ飛んでいき、次元の違う場所でもう一つの実体としてふるまい出す。「泡之」という二郎の姓は、想念という泡のようなものを追い掛ける者であると同時に、水鏡の内側、つまり鏡を破ってその中に入っていく彼を言い当ててもいるだろう。実際、終幕近く、鏡ヶ池に見立てられた水槽の中に、二郎は飛び込む(お作がいるはずの海底炭田の扉を叩こうとしたわけだ)。劇の冒頭で二郎が描いた波原の似せ絵、遺影のようなその顔の絵こそ、似顔絵師が掘り込んでいく妄想の原点として、黒こうもりやお作、そして鏡ヶ池の水面に写った自分の影を突き破る二郎自身を、引き寄せていたはずだ。
  なお、このような修辞を散りばめるに際し、この戯曲が軋みや歪みやざらつきを添わせていることも記さねばならない。役者の演技に熱気がこもるのは、それらが招く摩擦力のせいもある。記号的ななめらかさで、ある喩がべつの喩に切り替わってしまうのを、この劇作家は絶えずいなしている。切り替えには、横やりや喧騒やはぐらかしがつねに仕掛けられていて、じつはそれが妄想と世俗をつなぐカギ針になってもいる。例えば、手帳が黒こうもりに変わろうとする場面、つまりB面の重要な場面で、庵が鳥の雛としてブラジャーにそれを挟むや否や、A面の禎三たちが大騒ぎで介入し、手帳返却に応じない二郎や庵を、酷くも踏みにじる。そこで生じる痛み、摩擦によって、戯曲の中の比喩、つまり黒こうもりは、単なる喩えであることを脱皮し、実体としての肉感を獲得する。言葉に重石が付くと言ってもいい。紅テントの芝居に、独特の歪みや軋みの音がするのは、そんな石のせいなのだ。

  また、劇の終半近くで、坑の入口に立った二郎が語る「母とは何か」、つまり「母論」の長ゼリフを特筆したい。二郎を演じた稲荷卓央の集中力、ことにゲリラ豪雨がテントの皮膜を打ち付けた公演楽日、これでもかという雨音の中で、稲荷の眼はいよいよ鬼気迫っていった。この長ゼリフでは、ギリシャ神話のオイディプスが引用され、だが、内容は絶妙にねじ曲げられている。ギリシャ神話の方は、近親相姦に気付き、何もかもに絶望したオイディプスが自らの目を短剣で突く前に、イオカステ(母であり妻である)は自殺してしまうが、このセリフの中では、母なるものは頓着なく生きつづけて、我が目を刺そうとするオイディプスに対し、そんなに必死になっていないで、「こっちへ逃げておいで〜」と救うのだ。このどうしようもない、いい加減なやさしさ、理念(近親相姦は悪い)を平気で無視するたくましい体たらくは、たしかに母なるものの一面を鋭く突いているだろう。神話の冷やかしである以上に痛快だった。また、二郎が吹っかけた母論に対して、暮谷禎三(この人物は、A面では二郎の仇役だが、B面ではいっしょに妄想に白熱するトリック・スターで、鳥山昌克が切れ味あざやかに演じている)は、母とは「おしめ」であるという持論で対抗する。産道が一つの坑の道、すなわち斜坑であるならば、そのすぐ脇の小腸、大腸だって無視しないでくれ、母の大事な仕事の一つはおむつ替えなのだから…とでも言いたげに。想えば、胎内で赤ん坊を包んでいるものが子宮(=母)であるなら、この世に出てきてから赤ん坊をくるむのは、おしめである。つまり、赤ん坊にしてみれば、おしめとは子宮の残骸(=母らしきもの)かもしれないナァ‥(と、ココは私の妄想的脱線でした)。

  つらつらと戯曲ノートを書いてしまったが、唐十郎の本はもちろん多義的なので、言うまでもなく、これは一つの解釈にすぎない。そして、このような解釈の道すじを見出したのも、じつに何度も芝居に通よい、ひらめきに恵まれてのことなのだ。
  一幕の半ばに、暮谷に手帳を差し出すよう求められた二郎が、それに抵抗して「穴を探してんです」と訴える場面がある。稲荷卓央はこの言葉を公演初日から際立った声で発していたが、何度目かの観劇のとき、どういうわけか、それまでと全く違う深さで、ずんとセリフが耳に響いた。「二郎は穴を探してるんだ、入ってくんだ!」とまざまざ実感し、私の瞳の奥に、暗い斜坑が浮かんできたのだった。突然、目の裏側の蓋がこじ開けられたわけだ。まるで紅テントの屋台崩しのように。「脳内劇」という着想はそこで授かった。書きつらねたこの文章は、その声の恍惚に促されてのものだった。
  芝居は生き物だとはよく聞くけれど、黒こうもりのように、セリフが客の脳裏に飛んでいき、風穴をぶち開けてしまう瞬間がある。二郎が波原を弔おうとする、海底の坑道は、そんなこうもりが教えてくれた。

(詩誌『ミて』107号初出改稿)

* 唐組・2009年春公演『黒手帳に頬紅を』(4/25 -6/14)
作・演出:唐十郎
配役:波原(辻孝彦)、泡之二郎(稲荷卓央)、庵(赤松由美)、暮谷(久保井研)、姿屋君子(藤井由紀)、田口(唐十郎)、少年玄児(大鶴美仁音)、暮谷禎三(鳥山昌克)、ほか唐組役者陣