編集人:新井高子Webエッセイ


2月のエッセイ

  • 静かに過ごす冬の夜

イナン・オネル

静かに過ごす冬の夜。夜が深まるにつれて外の空気が冷えて行くのを感じる。灯油ストーブの温度を設定する大きくて丸いプラスのボタンを二三回押す。ストーブが吹く温風が一段と勢いを増す。終戦直後に建てられた木造家屋の無数の隙間から入り込む寒気にかなわなくても、少し近付ければ、深夜のひと時くらいは凌げる。

静かに過ごす冬の夜。コンピュータの画面に視線を凝らせている。新刊情報を求めて、時折訪ねる出版社ヨルダム・キタプ(Yordam Kitap)のウェブサイトで興味深いニュースに出会い、想像力を遠くへよせる 。1ニュース記事は次のようである:「資本論マンガを専売公社(TEKEL)労働者に配布した」。「資本論マンガ」とは、日本の「まんがで読破・資本論」のトルコ語訳である。ヨルダム・キタプ社が昨年秋に発売している。それを、抗議行動の真只中にある専売公社(TEKEL)労働者たちを激励するために配布した、というのである。


専売公社の労働者たちにマンガ資本論を配布

静かに過ごす冬の夜。遠くの事象が不図近づいてくるような、不思議な出来事に驚く。身体がアンカラの寒気を思い出す。標高900メートルに及ぶアンカラの街は、この季節、東京よりも冷え込む。連日連夜氷点下の世界である。

様々な応援サイト2による報道をまとめればほぼ次のようだ。トルコ「専売公社」(TEKEL)が2008年6月に民営化の名のもとでブリティッシュ・アメリカン・タバコに売却され3、労働者たちは既得権喪失の危機に直面し、昨年12月半ばにアンカラの公園で抗議集会を行ったが、行政が強硬姿勢で対応したようだ。4危機感が強まった彼らは、トルコ労働者組合連盟(TURK-IS)本部ビルの前の道端にビニールテントを張り、空のドラム缶に複数の穴をあけて簡易ストーブに変え、寒さを凌ぎながら座り込みによる抗議行動を始めたようだが、はや2か月が経とうとしている。

 

さらに、1月17日に彼らを応援する抗議集会がアンカラを始め各地で開かれ、10数万人が参加し、2月4日に一日注意勧告ゼネストが行われたようだ。しかし、行政の対応は冷ややかで、5既得権に固執しないで、2月末までに新しい条件を認め、抗議行動を解除しなければ、強制的に撤収させる、としているようである。

コンピュータの画面の前で、様々な想いに揺さぶられながら、以前「ミて」誌上で発表した詩人ハサン・ヒュセインの詩「わたしのせいではない」を思い出す。

イスタンブールに一軒の工場がある
工場をそこに私が建てたのではない
私はただ伝えるだけあなたがたに
イスタンブールに一軒の工場がある

工場を労働者が動かす
労働者を一人の億万長者
私はただ伝えるだけあなたがたに
工場を労働者が動かす

ストライキがだんだん拡大している
ストライキを私が望んでいるのではない
私はただ伝えるだけあなたがたに
ストライキがだんだん拡大している

* * *

 

静かな東京の冬の夜。

遥か遠く、アンカラの労働者たちの抗議行動。

一冊の書物によって近づく。