編集人:新井高子Webエッセイ


5月のエッセイ

  • わたしのロボさん ————粉のお話(1)

新井高子

  昨秋、「ミて」のWebサイトを立ち上げて、このリレー・エッセイを始めたものの、ホンネを言うと、ネットという空間にどんなことを書いたらいいか、よくわからない思いもあった。紙媒体の「ミて」は、詩や批評を書きつづけるための「基地」のようなもので、号数を重ねたおかげか、読み手の顔もかなり見えている。その点、Webは、エッセイというボールを投げる方角がつかめないなぁ‥と。
  それが、立ち上げから半年以上たって、にわかに勘づきはじめた。「たしかにWebは、「場所」というより「通路」なんだなぁ。方向は投げることでしか生まれない‥」。
  子どもの頃、空き地に転がっていた太い土管の中に、潜り込んでよく落書きをしたが、あのときの感覚がいちばん近いのか。思わぬ人が見るかもしれないし、近所の子だって気に留めないかもしれないが、その管は、お姫さまや太陽、鳥、蟻、金魚‥、はてまた形をむすばないジグザグ模様など、わたしの壁画空間だった。ネットに記す文字たちとは、そんな通り道の壁に書いていく感覚だろうなぁ‥。

  紙の「ミて」では、読書と思索の文章を、「萩原朔太郎ノート」として書き継いでいるので、こちらは、日々の暮らしの感覚が引き出せるような、柔らかいエッセイにしたいな‥とは当初から思っていたが、勤め人をしながら、詩や文章を書いたり雑誌を編集したり、時にはイベントの制作なども手がけたりするわたしの日常は、ゆとりや工夫とはかなり遠い。ただ、生活の中で、何とかセワシさを飼いならそうとして気付くのは、余裕のないときこそ、ちょっと手間のかかる、別のことをしてみるのがいいということ。やるべきこと、やりたいことをたくさん抱えていても、気分の切り替えが上手にできたり、頭が無理なく回転したりするときは、それほど大変とは感じないものだ。ちょっとした用事を頼まれて、思わず「!」となってしまうときは、仕事量というより、たぶん「忙しい」という姿勢をとり続けることに疲れてしまっている。だから、「忙しくない」ことをわざとやってしまえば、むしろ気が晴れて、能率も上がりはじめることが多い(コレって、わたしの知恵というより、休むことそのものですネ‥)。
  それで、ステキな暮らしとはなかなか縁遠く、ときには頭のヒューズが飛びそうだからこそ、鶏ガラを買い込んでことことスープをとったり、故郷の群馬県に住む大叔父から送ってもらった地粉で手打ちうどんをこしらえたりする。前回書いた干し柿作りも、雑誌の追い込みやイベントの準備などで、昼夜なく押し寄せるメールの波に溺れそうになったとき、突如、陸へ上がって、懐から包丁を取り出し、にんまりしながら渋柿の皮剝きを始めたのだった。


レーズンと胡桃のパン と 白パン

  そして、この冬から、そんなわたしのストレス解消術(?)に加わったのが、ホームベーカリー。
  料理や気分転換に掛けられる時間にももちろん限りがあるので、発酵やら何やらあるパンは‥と思っていたが、これは炊飯器と同じように、セットさえすればいいのだと言う。あの幸せな匂い、パン屋の前を通りすぎるときの、胸の膨らむ香ばしい匂いが、自宅で手に入るなら‥、と思い切って買うことにした。
  食パン、葡萄パン、胡麻パン、全粒粉パン、ライ麦パン‥。作るというより、作ってもらっている感じだ。カラのお皿をお箸で叩いている子どもにかえって。眠りが浅い晩、ガタゴト捏ねる機械音が、台所の床から伝わってくるときなど、夜を徹した仕事ぶりに、思わず励まされてしまう。側面を拭き掃除するときなど、ほとんど働き者の背中を流している気持ちになる。それでいつしか、「ロボさん」と、さん付けで呼びかけるようになった。機械とロボットの境い目とは、おしゃべりできるか、自由に動けるか‥でなくてもいいみたいだ。こちらに思い入れさえあれば。


わたしのロボさん

  身長30センチほどの小柄なロボさんは、明らかにわたしにはできない芸当を、サッサとやってのけ、朝の台所に美味しい匂いを発散する。雑用にまみれ、かなりヘトヘトになった夜でも、ロボさんに何を仕込むかは、いま、わたしの大事な気分転換、というより楽しみの一つなのだが、ことに粉の違いを堪能できるのが嬉しい。上州の地粉やら北海道産やらフランス産やら‥、その日の気分で選んでいるのだが、粉の味を日々噛みしめる喜びを、久しぶりに思い出している。
  じつは、わたしは、日本で有数の「粉食文化圏」の生まれなのだった。北関東の一部などでは、米より麦の方が土地に合った作物で、粉の料理が昔からたくさんある。ご存知でしたか。

  というわけで、ロボさんのおかげで、どうしようかと思っていたWebエッセイのテーマがヤットコ決まりました。「粉のお話」。今年97才になる祖母が作ってくれた粉料理はもちろん、旅先で出会ったパスタやフォーなども話に練り込み、パンや麵の風景を描いた詩や小説も探りながら、綴っていきたいと思います。

<レシピ>
  パンをおみやげにして、兄弟たちが集まっている実家にGWに帰省すると、義姉も妹もホームベーカリーが家にあると言う。クックパッドで検索すると、それ用のレシピがたくさん出てきたが、わたしのロボさんの最近のヒット作を添えます。チーズによく合いますよ!

赤ワインのパン
  1. 1. 強力粉    220g
  2. 2. ライ麦粉   30g
  3. 3. 赤ワイン 100cc
  4. 4. 水            60cc
  5. 5. ショートニング 12g
  1. 6. ハチミツ   17g
  2. 7. 塩             3g
  3. 8. ドライイースト  3g
  4. 9. レーズンとカレンツ  50g(合わせて)
  5. 10. 刻んだ胡桃  50g

(2010.6.18改訂)


赤ワインのパン

  1〜7までの材料をパンケースに入れ、8はイースト容器に、9は自動投入の具材容器に入れます。設定は、「食パン」コースの「レーズンあり」。本当は、10も自動投入したいのですが、容器に入り切らないので、パンの最初の「ねり」が終わって「ねかし」が始まったところで、蓋をそっと開け、パンケースの左端に忍ばます(右側はイーストが投入されるので‥)。
  あとは朝まで、ロボさんにお任せです。