編集人:新井高子Webエッセイ


3月のエッセイ

  • どら焼きは、亀十さま――粉のお話(12)

新井高子

クリームたっぷりの洋菓子より、餡ンコどっさりの和菓子の方が、じつはいまでは好きだということは前にも書きましたが、中でも「どら焼き」が好物なんです。上品な京都風よりも、粒あんの豆の味がドッシーンと迫ってくる、活力あふれる庶民菓子の方が性に合ってて。
 これまでいろんなお店のどら焼きを試しました。巷を歩いているときも、旅先も、出張先も、ふらふら彷徨ってるだけのときも、雰囲気の良さそうな店構えの和菓子屋があれば、つい立ち寄りたくなってしまう。調子に乗って、1日に3つも4つも、べつの店のを買ってしまったこともありましたっけ。
 けれど、いろいろ試したあげく、やっぱり、「どら焼きは亀十」というのが私の結論なんです。もちろん、これからも探索は続けるけれども…。


亀十のどら焼き


包みをとれば…


粒あんたっぷり!

東京・浅草の和菓子屋「亀十」は、言わずもがなの超有名店。手みやげランキングなどにも入ってますから、説明はほとんど必要ないのですが、黒あんと白あんの二種類を作っているこの店で、私が買うのは、もちろん黒。
 卵の風味が活きた、ふわっふわっなカステラ生地に、十勝小豆の粒だち豊かな、パンチの効いた餡ンコが、ぎょうさん挟まれております。手で押したら、ずるっと、皮の端からはみ出しちゃうんじゃないかと、心配するくらいに…。焼き加減は、「どら」と「とら」のちょうど中間あたり。均一に満遍なく焼く一般のどら焼きとも違い、だんだらな縞模様のとら焼きよりは香ばしい。お見事としか言いようのない絶妙さ。さらに、カステラ生地に含まれる重曹の隠し味も忘れてはいけません。主張の強い餡と皮の後ろで、両方を引き立てようと、シュワっと、軽やかなその味が、じつは精一杯踏ん張っております。何というバランス! なるべくしてなっている「逸品」と言えましょう。
 ただ、一つだけ、難点は、315円(本体 300円)もするのです。一個が、ですよ。ふつうは高くても200円が相場の、100円や150円だって珍しくない、庶民の味方のこのお菓子に…。破格です。もちろん、大きさも立派、食べごたえも十分なので、後悔はありませんが、デコレーションケーキ並みのお金を積まないと手に入りません。

わたしがよく使う百貨店のデパ地下では、たまに「どら焼き祭り」なるものがあります。それには、日本全国、津々浦々から「うちこそ、日本一」と信じる品々が集まるのです。初めてこのお祭りに出くわしたときの私の興奮は、読者の皆さんのご想像通りで…。ハイ、案の定、あれやこれや買ってしまったあげく、やっぱ、亀十にはどこもかなわんなー、と実感した次第。
 浅草まではなかなか足を伸ばせないので、数日後、もう一度訪ねてみれば、何たること! 数多あるうちで、亀十だけが完売しておるではありませんか。その無念さは、晩ご飯がお預けになってしまった寒空の子犬のようでありました。じつは、かつて、浅草までわざわざ出掛け、「今日は売り切れ」と門前払いになったこともあったっけ。どら焼きなんて、作るのそう難しくないんだから、ほかの菓子の餡ンコをコソゲとって、サササーッと焼いてくれたっていいじゃんか…と恨みつつ、しだいに涎はツララになってゆきました。

けっこう長いのです、これとの付き合いは。
 私の故郷、桐生から、上京するとき使う電車は、新幹線などのJR線ではなく、私鉄の東武伊勢崎線。「りょうもう号」という急行電車も走ってて、その終着駅が浅草。だから、私にとって、東京の入口とは、東京駅でも上野駅でも新宿駅でもなくて、ずっと浅草でした。幼い頃、両親に連れられ、日本橋の三越デパートや上野動物園へ行ったときも、高校にあがり、友達といっしょに原宿や渋谷の洋服屋を冷やかしたときも、そもそもの入口は雷門のある町。だから、父や母が出張などのおみやげに買って来てくれるものも、自然と浅草産が多く、たまには亀十のどら焼きにもアリツケタのです。
 家族じゅうが、まるで観音さまのように心底ありがたがって、頬ばってたこのお菓子。まだあると思って箱を開け、空になってた紙の白さが忘れられません。
 そんな記憶が、私の舌にいまも残ってて、いっそう美味しく感じてしまうんでしょうねぇ、亀十さまを。