編集人:新井高子Webエッセイ


9月のエッセイ

  • マカロン、うまかロン、アホかろん ――粉のお話(14)

新井高子


苦心のメレンゲ

プリンを作ったお話の続きです。

じつは、プリンには黄身しか使わなかったので、どっさり余ってしまった卵の白身をどうしようと考えました。それで、「あ、こういうとき、メレンゲを作ればいいんじゃない?」。
 ケーキ屋さんに行くと、生ケーキはショーケースの中にもちろん涼しく収まっていて、フィナンシェやマドレーヌなどの焼き菓子は、たいてい、その対面あたりにかわいらしく並んでいますよね。そこをじっと物色していると、隅っこのほうに、まるでクッキーの背中に隠れるように、ひっそりしゃがみ込んでいるじゃありませんか、メレンゲさんは…。きっと、ほかのお菓子のために余っちまった卵白をなんとかしたかった、ちょっぴり後ろめたい気持ちが、ケーキ屋さんのメレンゲの置き方には潜んでいると感じます。そして、人見知りな子どもの腕をわざと引っ張るかのように、その小さな袋を手のひらにのせ、家に帰って紅茶といっしょに口にいただけば、シュワシュワッと、奥ゆかしい味わいがほどけていく…。そんな、ひめやかなお菓子ですよね、メレンゲは。
 ならば、初めてだけど、わたしも作ってみようと、しばらく使っていなかった電動泡立て器を、棚の下からガサゴソ引っ張り出してきました。たしか、作り方は、オーブンのマニュアルに載っていたなと、これまた本の山をかき分けました。ざっと目を通せば、カンタン、カンタン。
 私にはどうやら典型的な行動パターンがあることが、その後、つくづく反省されたのですが…。


タヒチ産マンゴージャム

一見、いいかげんに見えるわたしですが、じつはマメなところもあって、電気製品や料理のマニュアルなどにはまずは忠実なのです。それで、今回も、必要だと書いてあったほかの材料、胡桃とアーモンドプードルを揃えるべく、食材屋さんに立ち寄りました。ついでに、ドライココナッツやココナッツパウダーにも手を伸ばしたのは、当時のわたしに、タヒチの気分がわくわく残っていたからでした。ココナッツ系の南国のお菓子もいつか…と、夢見ておりました。
 そして、帰宅後すぐ、計量にかかりました。砂糖は、グラニュー糖ではなく、風味の濃い黒砂糖に自分の好みで変えてしまいましたが、じつにマニュアル通り、きちんと分量を計ったのです。で、電動でダダダーッと、あらかた混ぜた後、ペロッと味見をしてみました。
 うう、こりゃ甘い、甘すぎる。砂糖は卵白5個の分量だけど、ここにあるのは何個だったっけ…? プリンを作った段階で、白身は一つのボールにイッショクタにしてしまったから、確かめられず、5個と思ったのは勘違いな気がしてきました。
 でも、もちろん、止めるわけには行きません。そうだ、いっしょに買ったココナッツやそのパウダーも入れちまえ! ここで、卵を増やせばいい、という順当な判断に至らなかったのは、いいかげんな性格の発揮でもあるけれど、むしろ、こんどは卵黄が余ってしまうことを避けたかったんですネ。
 てなわけで、甘みは適当になった、つまり、もはや自己流に成り果てた卵白原液に、ダダダーッを再開しました。ところが、5分まわしても、8分まわしても、ツンと棘が立つような、あの固さにならない。よくよくマニュアルを眺めたら、欄の下の方に小さな字で「グラニュー糖以外の砂糖を使うと、卵白がしっかり泡立たないことがあります」と書いてあるではありませんか。アーモンドプードルやココナッツを入れるタイミングも早すぎたようです。
 そうなのです、こういうことがたいへん多い人間なのです、わたしは。自分ではあらかじめ決まった通りにやっているつもりなのに、じつは、ちゃんとやってない。いつもどっかで踏みはずす。当然、勘でやるしかなくなる。案の上、おいおい、妙なドツボにハマっていく。
 しょうがない…。じゃあ、もう焼いちまえ。スプーンでボタッとだるい液体を鉄板にこぼすと、小さなお好み焼きのように丸く広がりましたが、ともかく、そのまま突き進みました。
 規定の時間だけ焼き、取り出して口に入れると、外側は焼けていても、中はベタベタ。水飴のように融けた黒糖が歯にくっ付いて、糸を引いてしまう。これでは、齧っただけで虫歯になりそう。もう一度オーブンに入れ、しばらく焼いては取り出して…をくり返しているうち、みるみる時間ばかりが経っていきます。日陰者のメレンゲなんぞに手こずっているのが、無性に嫌になってきます。ほかの仕事だって抱えているのに、なんでこんなことをやっているのか、腹立たしくて…。マニュアルは70分の焼き時間なのに、100分でも、120分でもダメなのですよ。
 でも、もうベタベタでいいではないか、食べた後すぐ、歯磨きすれば済むではないか、と達観はできなかった…。わたしには妙にシブトイというか、意地っ張りなところもあって、オーブンの前から離れられない。時間が惜しいなら、別の仕事をしながら片手間に覗けばいいのに、思うようにいかないからこそ、無駄なヒートを燃やしている。


マカロン・タヒチエンヌ(?)

お菓子の方が優しいですね…。144分焼いたら、あのさっくり、シュワシュワ〜に、何とかたどり着くことができたのでした。
 が、もちろん、わたしのソレ、ツンツンと逆立った、メレンゲ本来の姿からは程遠い…。どう見ても、小振りな「カルメ焼き」です。お味の方は、卵白と黒砂糖の生地に、胡桃とアーモンドとココナッツのアンサンブルが、はからずも混じり合い、何とかまとまったんですが…。
 で、ひらめいた!
 だったら、マカロンにしちゃえばいいではないか! ちょうどそんな大きさだったんです。冷蔵庫からタヒチで買ったマンゴージャムを取り出し、その「カルメ焼き」の片面に塗りたくり、サンドしました。
 ありゃ、ほんとうのマカロンみたーい(かなり、無骨だけど…)。じゃあ、名前は、「マカロン・タヒチエンヌ」にするぞ〜。棚からボタモチどころか、メレンゲから「うまかロン」じゃい…。

紅茶を入れ、マカロン・タヒチエンヌを目の前にして、ふと冷静になりました。無駄なヒートを重ねた上に、浮かれて調子づいたわたしのハイ・テンションは、崖のように落下しました。自分の安直さ、アホさ加減をほとほと嘲りたくなって…。何につけ、こういうズタズタな間に合わせでしのいでいることが、あれこれ思い返されました。
 空いた口が塞げなくなり、しばらくポカンとしていた日曜の午後でした。