編集人:新井高子Webエッセイ


5月のエッセイ

  • うさぎと卵のイースター ――粉のお話(18)

新井高子

 

わたしがイースターということばを知ったのは、教会じゃなく、松任谷由実(当時はまだ荒井由美だったな…)だった。

ベルベット イースター
小雨の朝
光るしずく 窓にいっぱい
…………
空がとっても低い
天使が降りてきそうなほど
いちばんすきな季節
いつもとちがう日曜日なの

たぶん兄のレコードかカセットから聞きかじったんだと思う。小学生だったわたしに、当時のユーミンは、とてつもなくお洒落だったっけ。「空がとっても低い」というフレーズとメロディーの強度に、「いつもとちがう」匂いを感じ、胸がきゅんとした。雨雲の朝がステキであることを、わたしに教えてくれた最初の人は、彼女かもしれない。
 その意味がキリスト教の復活祭だと知ったときには、もう大学生になっていた気がする。わたしにとって「イースター」ということばは、荒井由美の澄まし声とずっといっしょにあって、つまり極上の擬音語みたいなもので、響きがさし示す先をさぐる必要を感じずに過ごしてきたのだ。

この3月下旬、アメリカに行き、生まれてはじめてイースターの「内容」に会いました。ミシガン州のカラマズーという街へ、『ミて』に詩を連載しているジェフリーさんを訪ねて…。
 この季節、彼の家には、卵とうさぎの置き物がいっぱいでした。以前、アンティーク・ショップで働いていたことがあるパートナーのデービットさんが、丹精こめて飾ったのでした。チェコ旅行で買ってきたという卵殻に緻密な彩色をした置き物や、透かし絵みたいに穴が開いた卵のモビール…。キッチンのカウンターの上では、ガラスの帽子にうさぎの人形が潜ってて、テーブルには、色とりどりの小さな卵型のチョコレートが、美しいカットの器に盛られていました。
 子どものころ、家の中に隠れている卵とプレゼントを探すのが楽しみだった、とジェフリーは話してくれました。その贈り物は、イースターラビットが運んでくる、と信じていたそうです。「今年はうさぎに何をお願いする?」とお母さんに聞かれ、「ロボット!」と答えると、「そんな重たいものは運べないよ、うさぎには…」。「どうしてそれがわかるの?、お母さんに!」と反撃した瞬間、イースターラビットの正体を察してしまい、幼い彼はショックで大泣きしてしまったそうです。
 この祭りは、そもそもの土俗信仰にあった、新しい春の生命力を讃える慣わしの上に、キリスト教が乗ったものだろうとも教えてくれました。うさぎが選ばれたのは、それが子だくさんな生き物だから、とも…。日本だと、ねずみがそんなシンボルですよね?。

ジェフリー宅の
卵のモビール

キッチンカウンターのうさぎさん

 

さて、それは3月26日の晩でした。レストランでごはんを食べ終わると、「みんなでイースターの卵を染めよう。デービットが準備して待ってるよ」。
 ジェフリー宅には、2ダースの白いゆで卵ができあがっていました。その横には、赤、青、緑、黄、橙の食紅を水で溶いたカップ、小さな白いろうそく、スプーン等々…。ろうそくの先で卵に模様や絵を描き、そのあと色水に浸して染色するという要領でした。
 思わず、夢中になってしまいました、わたしは…。布のろうけつ染めなら、中学生の頃やったことがあるけれど、卵には初めてです、もちろん。
 白い卵に白いろうそくで描くので、うまくできない。当てずっぽうになるしかない。だけど、そこがすごーく新鮮。ありゃりゃ、ヘンテコになっちゃった…という感じがむしろ楽しくて、イースターとは、こんなふうに遊びながら童心にかえる時間、「心が卵に戻って、もう一度生まれ直すひと時」でもあるのでしょうか。
 晩ごはんを食べた湖畔のレストランでは、窓辺に鹿がやってきました。なので、鹿と魚の絵をわたしが描くと、みんな、面白がってくれました。べつの卵には、ニワトリの産卵を描いたつもりだったけど、「おっ、タカコ、すごくユニーク」。どうも排泄物に見えちゃったようです…。
 それから、「かち割ってみて」と渡されたのは、大きな卵型のチョコレート。テーブルの端にぶつけると、出てきましたよ! 黄色いひよこの誕生です、マシュマロの。みんな、喝采してくれました。
 染め上がった卵たちは、デービットがアレンジした藤籠の中に、かわいく、かっこよく盛られました。

色付けしたゆで卵たち

む、む、む

生まれたーー!

ステキでしょう?

 

このゆで卵たちは、イースターの日(2013年は、3月31日)に食べるそうです。でも、わたしの帰国は30日。残念がっていると、旅立ちの朝、ジェフリーとデービットが特別な朝ごはんを準備してくれました。それは、彼ら特製の焼き立てパンケーキやソーセージに、うさぎの形をしたパンやクッキー…。いえ、そのとき、デービットはクッキーと言わず、「ショートブレッド」を使っていました。もちろん、あちらではパンは「ブレッド」ですから、そもそもクッキーとは「ブレッドをショートに、つまり凝縮させたものなのか?」と、ハッと閃き、ことばと存在の小さな秘密を、わたしは感じておりました。
 写真を見てください。肉厚なラビットたちでしょう? 食べるのもったいないけど、食べちゃった!
 お菓子の研究家でもあるケーキ屋さんで、このショートブレッドは作ったんだそうです。粉とバターの風味がとーても豊か。おすそ分けを何枚かいただいたので、壊れないよう気を付けながら、日本に持ってかえりました。
 ジェフリー宅の飾り物があまりに素晴らしくて、感化され、当地のアンティーク・ショップを物色したわたし。買い物のあと、目利きのデービットに見せると、「その卵の置き物、たぶんビクトリア時代のものだよ」、ですって。

特製パンケーキ

うさぎ型ブレッドと
ショートブレッド、そしてバター


わたしのイースター

無事、日本に到着したフラジャイルたち。
 置き物のうさぎと卵、そして、美味しいショートブレッドを並べて、パチリ。その姿は、「ベルベット イースター」から始まり、たっぷりの時間を注いでようやくたどり着いた、「わたしのイースター」であります。