編集人:新井高子Webエッセイ


8月のエッセイ

  • マカロン、つくロン  ――粉のお話(19)

新井高子

さて、わたし、じつはマカロン好きである。
 タルトやチーズケーキでは重すぎて、マドレーヌやクッキーではワクワク感が足りないなあ…というときに、ぴったり! がんばって原稿や仕事に区切りをつけたおやつどき、美味しい甘いものが食べたいなあ、でも、晩ご飯もしっかりとりたいなあ…、そんなときにぴったりなのです。

自慢じゃないが、わたしは、じぶんの教室の外国人留学生の名前を覚えるのは早い(日本語教師をしています)。が、ながいこと、マカロン・メーカーの名前が覚えられなかった。どうも、わたしの頭は、外来の固有名詞入力量のほとんどを、学生の名前で消耗してしまうようなのです。
 有名マカロン会社の中では、ピエール・エルメのがいちばん好きです。舌触りも香りもクリームも、バラエティーもいちばんいい! でも、ながらく、アンリ・シャルパンティエと区別ができかなかった。読者の皆さんは、「ぜんぜん違う名前じゃない?」って思うでしょう。その通りです。でも、ピエール・エルメとアンリ・シャンパルティエは、同じような雰囲気のレタリングで、ローマ字がトコトンと、店頭に並んでる。つまり、すでに飽和状態のわたしの脳みそは、文字そのものはほぼ読んでなくて、いや読んでも、フランス語読みに対する自信のなさもあってインプットされなくて、レタリングのトコトンだけ見てた。で、見分けがつかなかったのです。マカロンのディスプレイって、色とりどりの小丸たちが、ソソソってどこでも並んでるじゃないですか。で、お店のショーケースを覗いても区別できなかった。
 ちなみに、ラデュレも有名ですが、あれは、鏡のようなフレームの中にロゴが入ってるので、字は読んでなくても鏡マークで判別できてた。

しばらく前に食べた、あの美味しいマカロン(ピエール・エルメ)をもう一度…と思って、てきとうなデパートのマカロン・コーナーに立ち寄る。なんだか、種類がけっこう変わっちゃってる。そうか、春向きから夏向きに模様替えしたんだな、とか勝手に合点して買う(じつは、アンリ・シャルパンティエか、また別のメーカーだったりする…)。で、帰宅して、紅茶といっしょにいただくと、どうもイマイチ。ご存知の通り、マカロンというお菓子はかなり「お高い」ですから、好きだとはいえ、しょっちゅう買えるわけじゃないですから、わずかな味の差でも、ダンゼン、許せない気持ちになる。こんなだったら、もうマカロンは買わないぞ!、季節の品なんか止めて定番だけ作ってりゃいいのにと、ぶつぶつグチる。なのに、またしばらくして、疲れて帰る道中のデパ地下などで、つい手が伸びちまい…、すると、味が復活してる(こんどは、たまたまピエール・エルメに戻っただけ)。で、いい気になると、また次はがっくり。こんなくり返しで、ようやくお店の違いに気付いたのは、ほんの数ヶ月前でした。

マカロンは高い。それなりのお店で買えば、あんなあんな小さなものが、一個180〜300円であります。ほんの、2、3口で、数十秒で食べきってしまうのに…。ぜったい、ボッテルよ(と思う)。でも、あの軽い口溶け、人工的と言っちゃっていいフレバーとカラー、仄かなクリーム味は、パソコンといっしょに暮らす電脳な身体に、妙にフィットしちゃうんだなあ。サイバーなお菓子だよね。「いま、旬!」と、ちっこいくせに鼻の高いマカロンさん。
 富沢商店に「マカロンミックス」なる粉があるのを発見したとき、あいつの鼻が折れるぞ、と嬉しくなりました。一袋、462円で10個作れるというんだから、五分の一の単価です。作り方もカンタンそう…。
 やってみました、色づけに苺パウダーもふり入れて…。絞り出し袋を使うのがちょっと面倒だったけど、それ以外はかき混ぜてオーブンにつっ込むだけ。30分くらいでできちゃったんです。そして冷やしてから、フランス在住の友人に半年前に頂戴し、もったいなくて開封できなかったミルクジャムを挟んで、ぱっくり。むむむ、いけるぞ。
 お店の上級品にはかなわないけれど、コストを思えば、上々の上です。よーし、マカロンは手作りでいこロン。そう息巻いたわたしがおりました。

マカロンのミックス粉

電動で、ガラガラ混ぜました。

絞り出したぞ。

とっておきのミルクジャム

できました!

けれど、仕事や雑事に翻弄され、猛暑も上乗せして、オーブンを使う気にはさらさらなれず…。夫が追加で買ってきたミックス粉は、開封されないままであります。
 やっぱし、お店のを買うしかないのかなあ。マカロン、つくロン、つくられなかロン。