編集人:新井高子Webエッセイ


11月のエッセイ

  • hugの夜

北野健治

年末のこの時季を迎えて、変わったな、と思うことがある。それは民間行事のこと。
 僕の故郷、山口県の瀬戸内の島では、11月に、〝亥の子〟という行事があった。それは、11月の〝亥の日〟に、「亥の子石」を各戸の庭でつくという祭り。
 「亥の子石」とは、丸い石を中心に、その周囲をしばった縄から、新たに四方に広がる縄を結びつけたもの。その縄を引っ張り上げ、また緩めることで石を上下させ、地面にたたきつける。多産であるイノシシを象徴に、その年の豊穣の祝いと子孫繁栄を願う儀式だという説がある。
 小学生の男子だけが、放課後、集落ごとの単位で集まり、各家をまわる。亥の子石の到着の掛け声を合図に、石とともに庭になだれ込む。すぐさま「亥の子唄」を歌いながら、石をつき始める。歌えるのは、歌いだしの早い者勝ちだ。
 家人は、一通りの唄を聴き、間合いを見計らって、ご祝儀をその年の世話役「当屋」番の子どもに渡す。「当屋」の子どもが、お礼の口上を述べた後、締めの唄をみんなで歌い、次の家へ移動する。
 〝あった〟と書いたのは、今でも続いているらしいのだが、故郷に住んでいる友達の話では、構成メンバーが変わったという話を聞いたから。過疎化の波にはあらがえず、児童も減ったため、今では、女の子、時には保護者までもが参加せざるを得ないことがあるらしい。これでは、本来の儀式の呈をなさないような気がする。

ハロウィンを楽しむ島の子どもたち

地域伝来の祭りが衰退する一方で、〝ハロウィン〟の行事がポピュラー化したように思われる。僕が始めて知ったのは、小学生の頃に熱中した「ピーナッツ・シリーズ」の漫画の中。今では種子島でも、若いお母さんたちを中心に、結構行われている。
 地域伝来の祭りが衰退する一方で、〝ハロウィン〟の行事がポピュラー化したように思われる。僕が始めて知ったのは、小学生の頃に熱中した「ピーナッツ・シリーズ」の漫画の中。今では種子島でも、若いお母さんたちを中心に、結構行われている。
 漫画の中では、毎回、チャーリー・ブラウンが、今年こそは「かぼちゃ大王」に会おうとして、かぼちゃ畑に一晩中待ち構えている。が、お決まりのように失敗して、大きな声でわめいて終わる。この時季に繰り返されるそのシーンを読むたび、いつも“sigh(ヤレヤレ)”。と感じていたことを思い出す。
 〝亥の子〟と〝ハロウィン〟では、内容はまったく違うのだけど、一つの節目が呼び起こすワクワクさ――と表現するしかない、励まし、温かさ、喜びなどが入り混じったsomething else――は同じ。その意味で、年末のもうひとつの大きなイベント、クリスマスは、いまや必須の年中行事だ。

※              ※

それは、社会人になって初めての誕生日のこと。クリスマスに間近い僕の誕生日は、その年、たまたま日曜日にあたった。
 あたったのだが、残念なことに、僕は休日出勤。当時、遠距離恋愛していた彼女も、流通業に勤めていたため、クリスマス商戦のサポートで、地元のスーパーの売り場に借り出されていた。
 広いオフィスに、その日出勤していたのは、同じ課の先輩がもうひとり。目の前のデスクで仕事をしていた。
 仕事の効率も落ちた昼過ぎに、それは起こった。

「リーン、リーン」

 当時は、まだ携帯電話なんぞ夢の世界の話で、そのかけらも存在してない。ラインでつながれた目の前の電話機が鳴った。

「はい、――です」

 年下の僕が、とっさに受話器を取った。が、何の反応もない。

「もしもし。もしもし」

何度も呼びかけるのだけど、何の返答もない。仕方なく、受話器を置いた。
また、電話が鳴った。今度は、先輩が電話に出た。

「もしもし、――です。はい、北野ですね。お待ちください」

 先輩が、女の子からだぞ、とニヤニヤしながら受話器を渡してくれた。変わった僕が電話に出る。

「もしもし、もしもし」

「…………」

 やはり返答がない。途方にくれて、また電話を切った。

「どない、したん? ちゃんと話をしてあげなぁ」

「えっ、誰も電話に出ぇへんのですけど」

「何、言うとんの」

と、話している最中に、また電話が鳴った。

「はい、北野ですね。お待ちください」

 さっきの彼女から、と先輩が受話器を渡してくれた。

「もしもし。もしもし」

 何度も呼びかけるのだけど、やはり何の反応もない。よく耳を凝らすと、電話の向こうでは、その周りに人の往来の気配がする。

「もしもし、もしもし」

「…………」

さらに何度も呼びかける。けど、無言。でも、向こうから電話を切る様子はない。しばらくの呼びかけの後、あきらめて、また受話器を置いた。

「彼女となんかあったん?」

 心配そうに、先輩が言った。

「いや、(付き合ってる)彼女とは、別にありませんけど」

 不思議に思った僕は、彼女に教えてもらっていたサポート担当の店に、確認の電話を入れてみた。

「何か急な用事? こっちは、バタバタしてるんだから。早く言って」

「いや、今、電話をくれた?」

「何言ってんの? 忙しいのは、わかってるでしょ」

 慌しく電話は終わった。
 電話は、誰からだったのか? いくら考えてみても、見当がつかない。そのうち、自分の誕生日のことを思い出した。このまま一人で過ごすのは、つまらない。
 勤務地の地元で知り合ったガールフレンドに電話した。運よく、夕方以降の彼女はフリーだった。
 仕事を終え、ガールフレンドと会った。誕生日のことは伏せ、食事を一緒にした。いつもと変わらないように振る舞い、別れの時間がきた。彼女のマンションの前まで送って行った。実は、彼女と会う前から、ずっと考えていたことがあった。それを別れ際に、口に出してみた。

「あの、さ、抱きしめたいんだけど」

 えっ、と驚いた表情をした彼女がいた。しばしの時間が流れた。ちょっと困ったような、それでいて微笑んでいるような彼女が言った。

「いいわよ」

※              ※

結局、僕は彼女を抱きしめなかった。けど、彼女の答えだけで、満足だった。充分に、人の温もりを感じることをできたから。別れた後、僕は、一人でバーに向かった。
 今でも、ときどき思い出す。無言電話の彼女とハグを許してくれた彼女のことを。まだ会わない君ともう会えた君。チグハグな思い出。それは、独りよがりだった二十代の頃の僕を支えてくれた、大切なクリスマス・プレゼントだった。