編集人:新井高子Webエッセイ


8月のエッセイ


  • 宮古のスウィーツ ――粉のお話(25)

新井高子

 海辺の町、岩手県宮古市に行ってきました。大学院生時代、所属していた研究室で『宮古市史 民俗篇』の執筆を担当していて、そのころ何度も通いましたが、東日本大震災をへて初めての旅。宮古が粉ものの豊かな町でもあることに、ようやく気付きました。


 まず、いちばんのお薦めは「きみ大福」。これは「きみ粉」を使った大福で、餅の色はうす赤黒い。宮古の八百屋さんやス―パーには、市内の保久田にある小野寺餅店のお菓子がよく並んでいますが、わたしが食べたのもそこのもの。旨い、心臓がどぎんとするほど旨い。小豆の風味が濃厚なあんこは、砂糖かげんもちょうどよく、もち米ときみ粉を混ぜ合わせた餅生地には、独特の滋味が…。ほのかに酸味の気配がして、なんと言うか、ちょっと果物にも似た風味なんです。
 「きみ粉」という粉があるのをこの旅で初めて知りました。末広通りの八百屋さんでは、店先のよく目立つ場所に置かれていましたから、地元のおかあさんたちは、この粉を使った料理をじぶんでもするんですね。その袋に、「へっちょこだんご」の作り方が書かれていました。『聞き書 岩手の食事』(1984年、農文協刊)を開いたところ、「浮き浮きだんご」とも呼ばれ、小豆の汁粉にいれて食べる行事食だとか。


おいしーい、きみ大福

あんこがたっぷり

店先に並んだきみ粉


 きみ粉は、高きび(黍とは別種)の粉だそう。赤いとうもろこしのような植物で、別名、もろこし、コーリャン。こっちの名の方が、耳に馴染みがありますよね。張芸謀が監督した映画『紅いコーリャン』を思い出す人もあるでしょう。この穀物がここで愛されているのは、かつて米の不作や物資不足のときなどに、コーリャン飯を食べたことの名残かな…と勝手に想像しますが、もともと岩手は米ばかりが中心でなく、麦も含めた雑穀が豊かな土地柄と考えたほうがよさそうです。


 というのは、餃子が大きくなったような形の「ひゅうず」にも目を奪われて…。この不思議なお菓子、初めて買いました。
 小麦粉を練った生地で、黒砂糖や胡桃などをくるんだ素朴な菓子です。わたしが食べた小野寺餅店のものは、黒砂糖と胡桃だけでしたが、そこに味噌を加えて甘じょっぱくしたものもあるらしい。

 粉の生地がとっても美味しいんです、麦の味と香りが濃厚で…。そこで、岩手県は、いまも小麦粉産地として知られた土地だとあらためて実感。ホームベーカリー愛用者にはけっこう知られていると思いますが、いま、国産の製パン小麦(強力粉)は、北海道と岩手県が二大産地。北海道は「春ゆたか」「春よ恋」などの銘柄が有名で、岩手は「南部小麦」「ゆきちから」など。ひゅうずに使われた粉は、薄力粉か中力粉の地粉だと思いますが、噛みしめるほど味がする。


ひゅうず。ほんとに餃子みたいでしょ?

一つとり出し、お皿に。


 それから、「米まんじゅう」「麦まんじゅう」なる区分けも面白い。米まんじゅうは、米の粉を練ってまんじゅうの生地を作り、麦まんじゅうは小麦粉の生地でそれを作ったもの。中身は同じ粒あん。この二種類は、いろんな店先でまるで双子のように店先に並んでましたっけ。大の甘党ですけど、体の小さなわたし。二つは食べ切れないと、悩みに悩んで「麦まんじゅう」の方を買いました。

 齧った瞬間、あな、懐かしやー。わたしの祖母の「うでまんじゅう」にそっくりの味(標準語ではたぶん「茹でまんじゅう」だけど、上州では訛って「うでまんじゅう」と呼ばれてます)。粉の風味と力強い粒あんの強力なタッグ。あんまり久しぶりにこの味に出会い、なんだかじわっと来てしまいました。


米まんじゅう(白い方)と麦まんじゅう(黄色い方)

米と麦のまんじゅうペア


 あんこ好きなので、つい和菓子ばかり力説しましたが、宮古駅から魚菜市場に向かう途中の店「Tamiser(タミゼ)」には、とっても美味しいパンやタルトがありました。田老出身のご店主によるこだわりの店。わたしが来店したのは午前11時ごろでしたが、人気のクロワッサンやバゲットはもう売り切れていました。ファンがたくさんいるんですね。その日の朝焼いたパンがすべて売れたら、次の日の仕込みを始めるんだそうです。
 甘さのちょうどいいアーモンドペーストを詰めたデニッシュ、レーズンやナッツが入ったタルトなどを買いました。ほくほくのほっぺであります。


フランスのパンとお菓子の店「タミゼ」

タミゼの菓子パン


 そのほか、「かんづき」、「きりさんそ」などの地元のお菓子も発見。もちろん、岩手の郷土料理「ひっつみ」(すいとん)も堪能しました。宮古駅の立ちソバ屋さんで、「小豆ばっとう」が食べられるのにも驚きました。
 粉ものの旅、奥が深いです。