編集人:新井高子Webエッセイ


1月のエッセイ


  • 「わくわくな言葉たち」だより(1)――大船渡の声

新井高子

 2014年6月に気仙沼、8月に宮古と、三陸海岸を訪ねました。かねてからの知り合いに会ったり、食堂で隣り合った方とおしゃべりしたりしてつくづく感じたのは、政府やらマスコミやらが名指している「復興」と、現実はまったく隔たっているということ。「いまが一番苦しい」とおっしゃる方もありました。
 そこで、ほんのつかのまでも、震災で被災された皆さんと爽やかな時をかこむ企画が、詩の側からできたら……と思い付きました。岩手県北上市にある日本現代詩歌文学館に相談したところ、「ぜひ、やりましょう」と力強い返事。そうして、日本現代詩歌文学館と埼玉大学新井高子研究室の共同企画で、詩のあそび「わくわくな言葉たち」のプロジェクトが立ち上がりました。

 日程や場所の調整は、文学館の高橋敏恵さんがしてくださいましたが、会の内容はわたしの担当。そこで、頭をひねり考え付いたのは、自作朗読のような作品の発表ではなく、集まってくださった皆さんご自身に声を発していただき、わたしはそこから学ぶ、そういうスタイルがお互いにとって楽しいんじゃないか……。かねてより東北弁に魅了されていたわたしです。それを教われたらどんなに素晴らしいか、という思いもあります。耳によく馴染んだ有名な詩歌をご当地弁に翻訳したり、歌詞の行間を鑑賞しながら歌を歌ったり、短い詩を書いたりする、いわばワークショップを考えてみました。


越喜来の浜の周辺は工事中でした

会場は、山の中腹に

サポートセンター「さんそん」


 そして、秋晴れの2014年11月22日、大船渡市三陸町越喜来の杉下仮設サポートセンターで、第一回目を行ないました。越喜来(おきらい)は、ドキュメンタリストの瀬戸山玄さんが「里海」と評した土地柄そのもので、海と山の恵みが共存する豊かな村。いま、津波を受けた浜辺の一帯は工事中で、盛り土をするトラックや重機が行き交っていますが……。
 この会に、なんと、15名 くらいの方が集ってくださいました。じつは、深い人生経験を積んだ皆さんに、こんな試みがどう映るか少し心配だったのです。開始前には、ドキン、ドキンと胸が鳴りました。けれど、ありがたいことに、岩手生まれの歌人、石川啄木の短歌を大船渡弁に訳す遊びに、ワイワイ取り組んでくださいました。お隣りの青森に生まれた寺山修司作詞「時には母のない子のように」「ひとの一生かくれんぼ」は、お集りの皆さんにとって、青春の歌でもあったようで、声を合わせて歌ってくださいました。最後に「ひとこと詩」の執筆をお願いしたところ、若い気持ちがよみがえったようだと感想を記してくださる方もあり、とても嬉しかったです。

 大船渡弁訳の啄木短歌、いくつか紹介しましょう(括弧内は本歌)。


おもいつぎでおっ母(かあ)おぶって
あんまり軽くて泣けてきて
三歩もあるげなかったよ
    (たはむれに母を背負ひて
     そのあまり軽きに泣きて
     三歩あゆまず)

路(みち)の端(はじ)っこに犬ながながーとあくびしてだ
おらも真似して
うらやましがったからなあ
    (路傍に犬ながながと呿呻しぬ
     われも真似しぬ
     うらやましさに)

飴っこ売りのラッパを聞いたっげぇ
なぐなった
ちっちぇえどきのこごろをひろったようだなあ
    (飴売のチヤルメラ聴けば
     うしなひし
     をさなき心ひろえるごとし)


 いかがですか。短歌に昇華される前の、石川啄木の心の中を覗いたような気持ちになりませんか。わたし自身は、これを読むと会場の皆さんの声が耳の中によみがえります。ふしぎな喚起力を感じます。時代を越える作品を書いた啄木に感謝しつつ。
 この訳は、会場の皆さんがアイデアを出し合って、一つのかたちに至りました。「そごは、いいだべか」「んだな」とか言い合いながら、和気あいあいと……。わたしの方は、皆さんの声をキャッチしてホワイトボードに筆記する係。いっしょうけんめい書き取ったのですが、「なんでも点々(濁点)付ければいいわげじゃないよぉ!」と時に笑われ、頭をヘヘヘッと掻いて……。ご協力くださった三陸町越喜来の皆さん、心からありがとうございました。いちばん楽しかったのは、どうやらわたしのようです。詩のあそび「わくわくな言葉たち」の成果は、いま、文学館に展示中です。


日本現代詩歌文学館の展示(1)

展示(2)


 会場には、当地にお住まいの詩人、野村美保さんもいらっしゃり、『三・一一の詩人たち ――こころの軌跡』(大船渡詩の会、イー・ピックス発行、2012年1月)を頂戴しました。優れた作品がたくさん掲載された冊子です(http://epix.co.jp/)。その中から、野村さんの詩を少し引用させてください。水仙の花芯の美しさがくっきり目に浮かびます。


冊子『3.11の詩人たち』

三、一一
あの未曾有の災害にも耐え抜いて
厳寒の空の下
緑の葉を凛と伸ばし
可憐な白い花びらの中に
金の盃を抱き

その盃に
陽光が満ちるように

(野村美保「水仙」より)


 浜の近くには、手造りの震災資料館「潮目」が建っていて、目を見張りました。一階に津波の写真や新聞記事などが展示されたその建物は、ガレキを使って建てたそうですが、カラフルなイラスト付きでペインティングされていました。建物も庭も、遊び心満載なんです。子どもたちが遊ぶブランコもあれば、二階には秘密のアジトも……。なんだか、ロサンゼルスのワッツ・タワーを彷彿とします。市内の本屋で、その本を発見しました(http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0210-8.html)。
 土地の皆さんが手探りで明日を見つめている様子、これらの本から伝わってきます。そして、震災について考える力をわたしたちに授けてくれます。ぜひご覧ください。

工事中の一帯に、ふしぎな建物!

手造りの震災資料館「潮目」

青空に映えて


 さらに、粉もの好きで甘党のわたし。もちろん、その物色も怠りません。
 宮古で買った「かんづき」に再会しました。こんどは陸前高田のお菓子屋さんが作ったもので、黒糖の深い風味に舌つづみ。そして、ご当地ならではの焼菓子「なべやき」も堪能!
 三陸鉄道に乗っていると、焼き立てホタテの車内販売が始まったんです。ああ、いい匂い、と鼻をピク付かせると、その大鍋の脇に、手の平ぐらいの大きさのお菓子が……。「なべやき」でした。
 生地はふんわり、パンケーキのようで、味はこっくり、甘さと塩っぱさが絶妙のバランス。もっとも近いのは味噌パンかな……。でも、もっとコクがあるんです。ラベルの材料を見れば、「小麦粉、黒砂糖、卵、味噌、ごま、くるみ、醤油、重曹、ベーキングパウダー」。こりゃ、おいしいわけだ。栄養たっぷり。
 大船渡のお母さん方の特製おやつなんでしょう。お腹を空かして学校から帰り、これができていたら、さぞかし嬉しいだろうなあ。ほっぺを膨らし、もぐもぐ食べるだろうなあ。


三陸駅のホームでは、干し柿作り

三陸鉄道(さんてつ)の車内販売

なべやき!


* 日本現代詩歌文学館のブログでも、会の様子が紹介されています。
 http://shiikabun.blogspot.jp/2014/11/blog-post_25.html