編集人:新井高子Webエッセイ


1月のエッセイ


  • 温か冷か、そこが問題だ  ————粉のお話(31)

新井高子

 「武蔵野うどん」「肉汁うどん」のような括りで、もりうどんのつけ汁に、いろいろな具を入れたメニューがお店に並ぶようになったのは、ここ十数年くらいのことでしょうか。わたしが子どものころは、うどん屋さんで食べられる具入りのおつゆと言えば、ちょっと上品なお店ならある「鴨汁うどん」くらいなものだったと思います。それが、豚肉入りの「肉汁」、野菜たっぷりの「茄子きのこ」、辛いスープの「旨辛」とか、具入りの温かいつけ汁にこだわったうどんを食べさせるお店が増えてきました。
 わたしの故郷、群馬県は「武蔵野」というより、そのまた奥ではありますが、そんな品書きが、たしかになんだか懐かしい。わたしの祖母が作る手打ちうどんの汁も、温かい具入りでしたから。


  鰹節をじぶんで削ってとった出汁に、鶏肉、人参、椎茸あたりの具はいつも入っていました。油揚げが入るときもあったな……。「鶏が入らないと、うんまかないよ(美味しくないよ)」と、祖母はよく言ったものです。うちでは豚肉を入れたことはありません。いつも鶏肉。もも肉だとふだんな感じで、ささ身は来客などがある場合……。そして、真夏であろうが、おつゆはあったか。うどんの方は水にさらしても、お下地(つけ汁のことを、「おしたじ」とか「したじ」とか、呼んでました)は、湯気の立つ鍋からよそってもらっていました。
 それが、ときたま、店屋物をとると、具のない冷たいおつゆが付いてくる。兄やわたしは、濃いしょうゆ色のそれを「お店の味」だと思ってて、どこか高級にも感じられ、「うちもそうしてよ」みたいなことを、何度か祖母に言ったことがあります。しぶしぶ、具を濾して冷蔵庫で冷やしてくれたこともありましたっけ。
 でも、本人は、さもまずそうに口を尖らし、「冷たい下地なんと、キビがわりい(気持ち悪い)」。お客さんに手打ちのもりうどんを振舞って、そのつゆが冷めてくると、温かいのに替えましょうと、いそいそ申し出るのが、もてなしなんですから。


  祖母が子どもの時分には冷蔵庫はもちろんありませんでした。だから、作り置きして冷やすことはできなかったし、そんな発想さえなかったでしょう。冷たい味に親しむ機会はなかったんだと思います。
 そして、幼い頃はそんな下地に憧れたくせに、いまでは、わたしも深く慣れたもののほうに美味しさを感じます。うどんのおつゆは、あったかくて、せめて鶏肉は入ってないと物足りないなあ、って思う。温かい汁にくぐらせたほうが、うどんに味が染みて美味しい、って素直に思う。そして、鰹だしとしょうゆがじゅうぶんに染み込んだ鶏肉や椎茸を、ほくほく食べる。
 「武蔵野うどん」というのは、数十年前の関東北部に、当たり前にあった「家庭の味」を商品化し、「お店の味」に仕立て直したものなんでしょう。


 ただ、祖母のように手打ちをこしらえる時間、いえ、気力が、残念ながら、今ほとんどありません。その代わりなんですが、乾麺をいろいろ試しています。
 目下、お気に入りは、「庄屋うどん」。発売元は埼玉県北本市の正直村で、製造元は群馬県富岡市の上原製粉のうどんです。袋に「国産小麦使用」と書かれていても、乾麺だと粉の風味が感じられないものばっかりなんですが、「庄屋うどん」は地粉の味が活きてますよ!


「庄屋うどん」

いただきまーす!


 たまたまお店で出会ったのですが、めったに売っていないので、いまでは上原製粉に電話し、箱でとり寄せています。胚芽も含めて挽いた群馬県産の粉を使い、自然乾燥で作った乾麺とのこと。だから、量産はできないそうなのですが、お値ごろなのも嬉しい……。
 具入りの温かい下地で、これを噛みしめながら食べるのが、わたしの「なごみ」になってます。


* 上原製粉は、こちら