編集人:新井高子Webエッセイ


9月のエッセイ

  • 詩人と労働者

イナン・オネル

猛暑の夏が過ぎ、異常気象の響きを残しつつ、今年も季節が秋にかわった。

秋を迎えたとある朝、春から夏にかけてコンピュータのデスクトップに保持し続けた二枚の写真に気を取られる。撮影日は今年の2月13日と14日で、写っているのは、両方とも、詩人アタオル・ベフラモール1と抗議行動中のトルコ専売公社(TEKEL)労働者2だ。二枚の写真を静かに眺めていると、記憶の奥から複数の断片が呼び覚まされる。

昨年末、トルコ専売公社(TEKEL)労働者たちが民営化に対して既得権の維持を求めてトルコ労働者組合連盟(TURK-IS)本部ビルの前でテントを張り、大掛かりの座り込み運動を始め、抗議の声を高めるために行動開始の50日目の2月2日にハンガー・ストライキに踏み切った。そのハンガー・ストライキの11日目の土曜日に、詩人アタオル・ベフラモールが運動の現場に出向き、彼らに交じって応援目的の24時間のハンガー・ストライキを行ったようである。

一枚目の写真がその様子を映している。


ハンガー・ストライキに参加する詩人アタオル・ベフラモール

彼は、応援の気持ちを語りかけ、詩を読みあげ、闘争の苦難を語り合い、空腹に耐える24時間を専売公社労働者たちと共にしたあと、翌日14日にハンガー・ストライキを終え、労働者たちに拍手で見送られたようである。

二枚目の写真にその様子が映っている。


ハンガー・ストライキを終え、別れの挨拶を贈る詩人アタオル・ベフラモール

報道によると、彼は、「抗議行動中の皆さんと僅かでも時を共にすることによって私は豊かになった。深い友情の感覚を味わった。友情には様々な種類がある。獄中の友情、病床の友情、兵役中の友情など。これもまたハンガー・ストライキによって結ばれる友情であり、至福の念を覚える」と言い、他の詩人や小説家・画家・音楽家などの芸術家の仲間に応援を呼び掛けたようだ。

また、彼は、獄中で迎えた40歳の誕生日を思い浮かべ当初2歳半だった娘のために書いた次の詩で挨拶を結んだという:「すべての人間を親友だと思え、兄弟だと思え、娘よ/喜びの贈り物である、人間は、憎しみのではない、娘よ/残虐の前でまっすぐに保て、自尊心を/愛の前では頭を下げてくれ、娘よ」。

詩人ハサン・ヒュセインは詩を「困窮時の親友」と呼んだ詩篇において次のように書いている:「詩は/水筒の水ではない/袋のパンではない/そして、ベルトの弾丸ではない、詩は/しかし、それでも/水筒に水が切れ/袋にパンが切れ/そして、ベルトに弾丸の切れた人々を/持ちこたえさせることができる」。

この二枚の写真を静かに眺めながら、時に、その「困窮時の親友」を詩人自身が届けることがある、と、私は、思った。

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日本の労働者の現状を知る者に「日比谷派遣村」を思い起こさせるトルコ専売公社(TEKEL)労働者の抗議行動は77日に渡って続き、既得権の消失につながる資格変更に対して3月1日に国務院から裁判が終わるまでの執行停止命令が下り、労働者は広がる安堵の中、いったん解散した。彼らは、4月1日にまた再度集まって現状をうったえようと全国からトルコ労働者組合連盟(TURK-IS)本部ビルの前に向かったが首都アンカラに入ることすら許されなかった3。裁判が続く中、彼らは様々な機会を得て、現状を伝えているが、座り込みから半年経った現在も繰り広げられた闘争の記憶が新鮮である。


1 詩人アタオル・ベフラモールは2008年に東京ポエトリーフェスティバルに参加し、ささやかな朗読会を開いた。http://www.mogra.net/inans/
2 前回のエッセイでもこの抗議行動に触れたが、この行動を写真で伝えるサイトhttp://tekeldirenisi.blogspot.com/とアンカラ写真家協会(AFSAD)のギャラリー集http://afsadtekeldirenisfotograflari.com/gallery2/main.phpも参考になる。
3 詳しくは:http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20100402_075608.html