編集人:新井高子Webエッセイ


1月のエッセイ

  • ろうそくのアジアン・ポリフォニー ――【ろうそくの炎がささやく言葉 in台湾】朗読会報告

新井高子

 東日本大震災の直後に、その支援を目指して編まれた詩と文章のアンソロジー『ろうそくの炎がささやく言葉』(管啓次郎・野崎歓編、勁草書房、2011年刊。以下、『ろうそく』と記載)については、これまでにも『現代詩手帖』(2012年3月号)や本誌に書いてきたが、この本が仕掛けた朗読会は、編者の管啓次郎、編集者の関戸詳子の牽引によって、現在も粘り強く続けられている(*)。この6月に神楽坂で催された会には私も出演したが、すでに延べ数は20回以上。地震直後は、体験を分かち合う意味合いが強かったが、しだいに、原発事故も含めたその体験を噛みしめ、自らの足場を問い返す機会として来場するお客さんが増えてきた。

東海大学掲示のポスター

ろうそくの炎と本


 9月には、管の呼びかけで初めての海外朗読会が、台中、台北で開かれた。東京から渡航したメンバーじたいアジアン多国籍で、管と関戸のほか、ぱくきょんみ、笠間直穂子、温又柔、そして新井。台湾側は、会の運営をとり仕切った黄淑燕、翻訳やその手配等を担った笹沼俊暁が、当日の対訳朗読でも大活躍。さらに台中の会には、台湾高地民族、タイヤル族の詩人、瓦歷斯・諾幹(ワリス・ノカン)も特別参加。ろうそくの炎を囲み、日本語、中国語、そして台湾語、仏語も挿入されたポリフォニーなプログラムは、以下。
(太字は朗読者と対訳朗読者。作品名の前に名前がない場合は自作。訳朗読をした作品は訳名併記。訳朗読しなかった作品も会場で訳文配布)



<台中> 2013年9月28日(土) 15:00〜16:30 於・東海大学、台湾日語教育学会
管啓次郎:ワリス・ノカン「灯台」
ぱくきょんみ、対訳・黄淑燕:「この まちで」「在 這條街」

笠間直穂子:ジャン・ポーラン/笠間直穂子訳「よき夕べ」≪La bonne soirée≫
、山崎佳代子「祈りの夜」「夜中祈禱」

温又柔:「おうちでは何語を喋るの?」

ワリス・ノカン、対訳・笹沼俊暁:地震詩」「地震詩(日本語訳)」

新井高子、対訳・温又柔:片方の靴」「一隻鞋」、「朝をください」

管啓次郎:「川が川に戻る最初の日」 +質疑応答


<台北>9月29日(日) 19:00〜21:00 於・日本交流協会台北事務所文化ホール

管啓次郎:ワリス・ノカン「灯台」

新井高子、対訳・温又柔:片方の靴」「一隻鞋」

ぱくきょんみ、対訳・黄淑燕:「この まちで」「在 這條街」
温又柔:「おうちでは何語を喋るの?」
笠間直穂子、対訳・黄淑燕:ジャン・ポーラン/笠間直穂子訳「よき夕べ」≪La bonne soirée≫「美好的黄昏」、岬多可子「白い闇のほうへ」 

笹沼俊暁:ワリス・ノカン「地震詩」「地震詩(日本語訳)」
新井高子、対訳・黄淑燕:「ガラパゴス」「加拉巴哥」、「朝をください」「再多給我一些早晨」
笠間直穂子、対訳・温又柔:山崎佳代子「祈りの夜」「夜中祈禱」
管啓次郎:「川が川に戻る最初の日」 +質疑応答

(朗読作品には『ろうそく』所収以外のものも含まれる)




 これは、ある意味、海を渡って東アジアの島々を結ぶ文学最前線、と言ってしまっていいのではないか。
 ワリス・ノカンは、単著の邦訳書『永遠の山地』(草風館、2003年刊)を持つ、台湾原住民文学の代表的存在。1999年に台湾中部大震災(921大震災)で被災。日本統治期における抵抗を描いた詩や文章でも知られるタイヤル族の詩人が、地震をきっかけに日本の文筆家と会をともにするのは画期的なこと!


ワリス・ノカンさん、後方は管啓次郎さん

熱心な台中会場


 温又柔(おんゆうじゅう)は、日本在住の台湾人日本語作家。すばる文学賞佳作「好去好来歌」を含む『来福の家』(集英社、2011年刊)は、日本語と中国語と台湾語を交響させつつ、柔らかい感性と批評意識が擦れ合う必読の一冊。仏文学者の笠間直穂子には、マリーン・ンディアイ『心ふさがれて』(インスクリプト、2008年刊)等の訳書があるが、『ろうそく』所収の「よき夕べ」は、数多の収録作品中、好評を博した秀作。黄淑燕、笹沼俊暁は、台湾を代表する私立大学、東海大学日本語言文化学系で日本語学や文学を研究する第一線の研究者だ。アジアも含め世界中を旅する管啓次郎、済州島にルーツがあるぱくきょんみは私が説明するまでもないが、管が、日本語の文末の過去と現在を斬新に再構築し、「無時間の奔流」に誘なう詩集『時制論 Agend'Ars4』(左右社)、ぱくが、行分け詩と散文を折り合わせ、豊かな息をたおやかに膨らます詩集『何処何様如何草紙』(書肆山田)を、それぞれ今秋刊行したばかり。耳傾ける会場からは鋭い質問や飛入り朗読もあり、じつに刺激的だった。


本の解説をする、編集者の関戸詳子さん

台北で出演者集合!


 ワリスが921大地震を踏まえて書いた「地震詩」はこの会のために笹沼が翻訳。拙作「片方の靴」の中国語訳(大学院生・黄琯元の訳から、黄淑燕が『ミて』のために完成)とともに、掲載を快諾いただく。皆さんに多謝。狩人でもあるワリスさんは「次に会うときは、自分の村で狩りたてのムササビをご馳走しよう!」と誘ってくれました。
(*特設サイトはこちら

(「ミて」125号初出)