編集人:新井高子書評


ミて・プレスの本、『Soul Dance』(新井高子著『タマシイ・ダンス』の英訳詩集)の書評が、英字新聞『ジャパン・タイムズ』(The Japan Times)に掲載されました。
原文は、新聞社のサイトでご覧になれますが、日本語訳をここに試みました。

 

リズムのトリコになれ ――英訳詩集『Soul Dance』書評

ジャパン・タイムズ掲載(2010年1月24日、第11面)

 

(詩:新井高子 /翻訳:ジェフリー・アングルス +中保佐和子・中井悠 /ミて・プレス)

 

スティーブ・フィンボー(Steve Finbow)

新井高子は、彼女にとって最初の英訳詩集の序文の中で、故郷の群馬県桐生市における経済危機を引き合いにしながら、更地としての詩について言及している。ニューヨークやベオグラードでのテロリズムや空爆によって残された、剥き出しの土地についても触れつつ。

そのような何もなくなった場所を、この詩集の巻頭詩「谷蟆(たにぐく)」は、よく引き立たせている。短い行と短い呼吸、それは松尾芭蕉による蛙の俳句の魅惑的な再考だ。この詩の中の生き物は、飛び込むよりむしろ、ダンスをしながら水中へ入っていく――セクシャルで、陽気で、いたずら好きな詩だ。神話や古典文学を覆えしながら。
新井の詩は、言葉の音楽や動き、言語学と関係しているが、威張りくさってはいない。詩の終わりに添えられた註の、いっそうさり気ない説明が、読者の理解を助けてくれる(私は、江戸時代の狂喜乱舞や、ヤポネシアという地理的枠組をそこで知った)。
ダンスと文体の筋力こそ、この詩集の重要な本質である。あたかも暗黒舞踏のように、この詩人は、彼女の言葉の肉体から、心の状態を作り上げていく。

「アメノウズメ賛江」は、日本の舞踊や芸能の女神に捧げられた詩で、まさしく韻文的なその構造が、魅力的な霊性を呼び出している――バリエーション豊かに繰り返される、懇願のスタイルをとりながら。訳詩の中で中保佐和子がチョーサー的な語彙、「queynt」を使ったことを、私は称賛したい。
「サプリ」は、ユーモアたっぷりの詩で、ビタミン剤や薬のカタログにもなっているのだが、それらの名前は、繰り返されるうちに病みつきになり、ウィルスのような言葉になる。原文の詩の中で、新井は、カタカナ、ひらがな、漢字、ローマ字を混ぜ合わせて書いている。「ケキョケキョケキョケキョ、ホホホーホケキョ」という擬音語は、註によれば、ウグイスの鳴き声を表しているとのことだが、錠剤を飲み込んでいるときの音のようにも聞こえる。また、意味のない一行は、何百年もの長い歴史をもつ項目列挙型のポエムとジョン・キーツとを結び付け、その両方を引きよせている。

こういうことすべてが回りくどいとか、あまりにも「詩的」だとか受けとられてしまうならば、「朝をください」こそ、荒々しい目覚めである。同じ言葉の繰り返しや項目列挙のような形式を用いることによって、この詩人は私たちにショックを与え、現代というものを改めて認識させる。ページの上に散らばっている死体は、言葉の呪文によって一時的に蘇える。暴力によって被ったそれらの死は、世界に再び光をもたらそうとする舞踊の女神と、対比的に描かれている。ここで、神話は現実と出会い、希望は暴力に立ち向かう。私たちに道を示す灯りとしての、言葉をともして。
「月が昇ると、」では、私たちは幽霊や労働の記憶が漂っている、廃業した工場と出会う――美しく抑制された怒りに充ちた、本当にぞっとする詩だ。「Wheels」は、恋人に捨てられた末にヒロポンを打ちすぎて死ぬ、一人の女工の物語である。六十年後、この女工は、蛇の姿になって工場に棲みつき、火災が来るだろうことを人々に警告する。
「タマシイ・ダンス」は、この詩集の表題作で、詩の最終行に出てくる果物、ドリアンのように、鋭い棘をもち、強烈なニオイのする刺激を放つ。「朝の子」は、誕生という事象に関わりながら、イマジズム的かつ神話的な作品になっている。
最後の二篇、「裏庭」と「翳たち」という一つの対をなす作品によって、この詩集は終わる。ユズの木やフキ、植物の芽吹きを、際立った比喩として用いた「裏庭」は、逃れられない敷地の崩壊と格闘するのだが、それはやがて、「翳たち」の中へ行き着く。そこでは、ゴミや鼻水などが、「裏庭」という言葉と入れ替わってしまい、世界を蝕んでいく。

どんな調子、主題、音域をとったとしても、新井高子はツボを外さない。これらの詩は、可笑しくて、エロティックで、そして力強い。「茂兵衛の火」のような短い物語的散文詩においてさえ、リズムがあり、文体とイメージには凛々しさがある。
これらの詩の中にある、はけ口のない怒り、すなわち、経済的な没落が引き起こした崩壊と喪失に対する、詩人の握りこぶしの震えは、暴力的な形で示されるのではなく、詩的な言葉の中で表されている。そんな言葉が、リズムの良さと粘り強さの両面を身につけたダンスをしながら、ページから押し寄せてくるのだ。

(日本語訳:ジェフリー・アングルス+新井高子)

*この記事の見出し「リズムのトリコになれ」(Become a slave to rhythm)という言葉には、グレイス・ジョーンズ(Grace Jones)のヒット曲「Slave to the Rhythm」が踏まえられている、と訳者のアングルスから教わりました。ユーチューブでジョーンズの歌が聴けます。(新井)

URLhttp://www.youtube.com/
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英訳詩集の詳しい情報は、こちらをご覧ください。