編集人:新井高子書評


わたしたちは光に撮られながら生きていく―韓成禮詩集『光のドラマ』書評

 

(韓成禮『光のドラマ』書肆青樹社、2009年)

 

イダヅカマコト(ポエムコンシェルジュ)


韓成禮『光のドラマ』表紙

 韓国の詩人、韓成禮さんの詩集『光のドラマ』は華やかな詩集です。
27編の詩の舞台はソウル・東京からインドやモンゴルといったアジアの広い地域にわたっています。
そして舞台の多さ以上に、華やかさを印象付けるのは詩の語り口です。

光を噴き出す鱗のように雨粒がぱたぱたする(「深海魚の目玉のきらめく水中都市」)

 

のような色彩が見える描写が詩の全体を貫かれています。
1997年に出版された『柿色のチマ裾の空は』でも見せた言葉の明るさに、舞台の広さも広がって詩が大柄になったような感覚を受けます。

 崔泳美さんの『三十、宴は終わった』などの韓国の詩の日本への紹介者であり、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』などの日本文学の韓国への紹介者として、13年の間に彼女が日韓の作品を数え切れないほどの翻訳してきたこと、そして、雑誌『現代詩手帖』2010年2月号に見られるような現代詩のフェスティバルに参加したことは、彼女の言葉をひろげることにつながったに違いありません。
たとえば、

山の頂上に胸を突かれた白い雲を背景にして
ぴりっと特化された細胞たち (「ワサビまたはコチュネンイ」)

 

のようにワサビの味を山に例える視点を、緊張感を保ちながら見せる日本語の書き手を私は知りません(チリソースやコチュジャンの味を何かに例える日本の人すら知らないのですが)。

 外へと出るこれらの体験を取り上げて彼女の詩を考えると言葉の輝きで目がくらんでしまいます。
でも、どうしても見逃せないことが『光のドラマ』には組み込まれています。それは、女性なら誰しも迎える体の変化です。

 「子供たちの宮殿」は語り手の女性の子宮にいろいろな形が入り込み、生まれることのできなかった子供たちが出入りできる宮殿になるという作品です。この中で、

血の巡るこぢんまりとした宮殿を残しておくのだ
そこに入って来て住まわせることができず
お腹も痛めることのできなかったその部屋の
オンドルを温かくしておかねばならない

 

という言葉は、今まで子供を産んだことのない人のことではなく、もう子供を産めなくなった人の感覚だと気づかされます。産めなくなった後でお腹の中の「宮殿」を温めるというのは、女性は子供を産むことができなくなった後でもう一つ別の生があるということを、つよく訴えかけます。
この詩で見せる「宮殿」の温かさは、書き手が自分自身にむけて新たな生を訴えているようにも感じます。

 そして、実際のところ、彼女にとってそのような変化はネガティブなイメージの言葉ではないのです。高松塚古墳の壁画を思い起こさせる作品『光のドラマ』で描かれる生のイメージ、

一日一日は延命ではなく、光に撮られていくこと
とても遠い時間から飛んできた隕石の飛行のようなもの (「光のドラマ」)

 

は人が生まれ、老いることの繰り返しから生まれてくるとても長い時間が今も続いていることを教えてくれます。それは私たちが「歴史」と呼んでいる時間です。そして、「古代のマニュアル」という言葉が印象的な『テンニンカラクサ』が語りかける、

人は色ででも記憶を呼び戻すことができる
においででも場所を思い出すことができる
肌に残った快感だけででも声に気付くことができる
(「テンニンカラクサ」)

 

をみると、私たちが授業やニュースを通して習う長い時間を、彼女は個人の手に取り戻そうとするかのように見えます。そして個人の手元に戻ってきた長い時間は、文献をしらみつぶしに探しては書き換えつづける「歴史」に比べて普遍的に見えるのです。一人ひとりのいのちの長さが紙より短いにも関わらず。

 最後に、『光のドラマ』を読んで思い出したのは谷川俊太郎さんが語られた、子供の詩をつくることを通して感じた歳のとり方についての話でした。
「木の年輪みたいに中心にはいつも0歳の自分がいて、そこから段々とわっかが重なっていく。一番外側に今の自分がいる。だから、自分の中心にいる幼い自分になんらかの形でアクセスできれば子ども相手の詩が書ける。でもそれは意識してできない。」という言葉です。

 谷川さんが年齢をたとえる時に使った「年輪」という言葉は韓さんの詩「あごの線と喫水線」でそのまま使われています。永遠の少年といってもいい谷川俊太郎さんが過去へと伝う「年輪」を韓成禮さんは未来へと伝っていきます。

 初めて詩に触れる人にも、ぜひ読んでいただきたい。人生というものの新しい明るさを感じて欲しい詩集です。
インターネットでの入手が難しいので、お近くの本屋にお問い合わせください。

*参考
谷川俊太郎『死んでくれた』〜子供の詩を書く谷川さんについて(2009年12月6日ポエトリーカフェ武甲書店にて)
URLhttp://www.youtube.com/watch?v=joazSxYJfUM