編集人:新井高子Webエッセイ


2月のエッセイ

  • 「糸ヤ通りいらっしゃいませ」見聞 ――粉のお話(22)

新井高子

 去年(2013年)の文化の日、桐生におりました。織物業の最盛期には糸や絹の問屋が何軒も並んでいた「糸屋通り」を覗くと、垂れ幕やら屋台やら。第18回桐生ファッションウィークの一環で、「糸ヤ通りいらっしゃいませ」という名の小さなお祭り空間になっていたのです。

 通りに入ってみれば、くんくん、味噌の焦げるいい匂い。前のエッセイに、ちらっと登場した「焼きまんじゅう」の屋台であります。先日、知り合いの詩人に、「群馬の焼きまんじゅう、あれ、どこが美味しいの?」と聞かれたばかりなのですが、この世には、その味がわかる人とわからない人がきっぱり別れているみたい。たしかに、餡も入っていないし、生地もしっとり感から程遠いし……。乾パンのようなものを串刺しにして、甘辛い味噌を塗って焼いただけの、素朴なまんじゅう。いや、まんじゅうという名前からも遠い「まんじゅう」。でも、これがイケルんだなあ。

垂れ幕

焼きまんじゅう屋さんの煙り

この焦がし加減が難しい!


 

ぜんぶ見渡してから……と思って、手を伸ばしたいのをこらえて糸屋通りを進むと、桐生のゆるキャラ「キノピー」に出会いました。子どもたちがいっしょに写真を撮りたがってました。これ、織物工場のノコギリ屋根をモチーフにしたマスコットということです。「キノピー」という名前は、桐生とキノコを掛けてるのかな? 椎茸の人工栽培を確立した森喜作も桐生人ですから。わたしが小さい頃は、彼の創業した会社、森産業の椎茸ドリンク(たしか「森のみず」みたいな名だったかな? 干し椎茸の戻し汁をそのまま飲む感じで、お世辞にも……でした。一度飲んだら忘れられない味、と言ってしまってもいいけれど)が、巷の自動販売機で売られてました。桐生地区限定かと思いますが、さすがにもう見ない。
 え、なんだ?、この妙に垢抜けした、要するに浮いた人たちは、と目をパチクリしたのは、トラットリア「バルボン」の店員さんでした。出店でピザを売ってましたが、閑古鳥が啼きそう。お祭りにイタリアン、は桐生人にピンと来ないのでしょう。最近、オープンしたばかりの店内では、ジャズの生演奏付きで、料理を楽しめる日もあるとか。今度ゆっくり訪ねてみたいですが、わたしが糸屋通りにたむろしていた高校時代は、桐生のイタリア料理店と言えば、「ビエラ」がありましたっけ。別の通りですけど。そこは、カジュアル・イタリアンではなくて、当時は全国的にも珍しい本格的なお店でした。前にも書きましたが、ちょっと西洋かぶれした子どもだったので、母にねだって一度だけ行ったことがありますが、その名前ももう聞かない。
 あーー、懐かしい匂い、と鼻がひくひく動いたのは、斜め向かい側にある「芭蕉」。ここは、桐生の洒落人、小池魚心が始めた老舗のカレー屋。棟方志功とも付き合いのあった小池が装飾した馬小屋風の店内は、薄暗い照明の中に、古い民具がわんさ、わんさと……。骨董に興味があったわたしの父母は、この店の雰囲気を好みましたが、幼かったわたしは、狭いお店だというのに迷子になりそうで。そのうすら恐い感じ、ひとりで手洗いに立ちたくない感じが、何とも特別で、うちで祖母が作るカレーとぜんぜん違うその味も……。振り返れば、小さいときにそういう思いをさせてもらったのはありがたいことです。ずっと心に残っているもの。小池が書いた看板の文字と店構えだけでも、わたしがおしっこを我慢しながら食べたカレーの味、伝わるかしら。
 空き地では、いい感じに年輪を重ねた男たちが、バンド演奏してまして、しばし佇む。こういうときに、八木節じゃない音楽が聴けるんだなー、いまの桐生では。しばらく前までは、お祭りも運動会も八木節ばっかだったもん。地元の中学生によるブラスバントの行進もやって来て、微笑ましかったです。

キノピー

トラットリアの出店

カレー屋「芭蕉」の
看板

店構え

なかなかいい味

子どもたちのブラバン


ようやく、たどり着きました、手打ちうどんの屋台に。「糸ヤつるかめうどん会」の皆さんが実演しながらお店を開いていたのです。二の腕の筋肉を逞しく盛り上げながら、うどんを捏ねたり打ったりする姿、わたしは大好き。なんだか、小麦粉の大玉と相撲をとってるみたいじゃないですか。うどん会の皆さんの手さばきに見とれつつ、「粉はどこのですか」と尋ねたら、「星野物産だよ」。そこの主力製品「上州手振りうどん」は、東京など他地域のス―パーでもよく見かけるので、ご存じの方もあるのでは?
 さすがの人気。机と椅子がたくさん並んで、屋外食堂と言ったほうがよさそう。300円と嬉しい値段も呼び水でしょう。音をずるずる立てながら、みんなが頬張ってる様子を見るのも楽しい。いただきました、わたしも。うどんのコシはばっちりでした! 打ち手の腕の躍動が響くようでありました。ただ、お下地が、ちと甘いのが惜しかったなあ……。
 出店をつぶさに眺めれば、アトリエの「げんこつドーナツ」も発見。なつかしや〜。げんこつの名は、もちろん、その形と大きさから来ています。この無骨な「粉のかたまり」感、桐生です。高校時代は、一度に二つも三つも食べてたのだから、ふくよかな乙女になるはずですよね。
 糸屋通りには、家族や友だちとよく立ち寄った釜飯屋「金釜」がありました。釜のお焦げをこそげとりながら食べた竹の子の釜飯、そして茶碗蒸し、絶品でした。「五十番」のラーメンもまた啜りたいなあ。

桐生ファッションウィークの3日間は、ほかにも「桐生きものワインパーティー」とか「着道楽インきりゅう」とか催しがあるそうで、和服の人をたくさん見かけました。おめかしして出掛けるときの、晴れやかな気持ちが町に漂い、目がなごみました。
 今回は、糸屋通りを歩きつつ、桐生の味めぐり、粉めぐりをお届けしました。

わー、込んできたー

手打ちうどん

うどんとお相撲

張ります、押します

げんこつドーナツ

きもの姿は嬉しいねえ



『祈りの手技
ー桐生に集う
世界の衣裳ー』

(追記)
日刊紙「桐生タイムス」(桐生では全国紙よりずっと有力)の記者、蓑﨑昭子さんが、同じく昨年11月に、民族衣装に関する本を出版しました。織物を見る目の鋭さ、それを触る手の柔らかさ、それを作った心の気高さ……がしみじみ伝わってくる文章です。布好きな方、必読です!
蓑﨑昭子『祈りの手技 ー桐生に集う世界の衣裳ー』(桐生タイムス社)
詳しくは、こちら